16杯目「吉美屋」

最後に訪れるべき、大将と肴が魅力の新開地の名店

世界長直売所本店を出て新開地本通に戻り、南へ歩いてゆく。地元の著名人・ターザン山下氏でおなじみの立ち飲みの冨月やボートピア神戸新開地を眺めながら、福進堂手前の道路を渡ると右手は神戸アートビレッジセンターだ。そのちょっと南に、立ち飲みの名店「吉美屋」はある。右に「清酒世界長」、左に「澤の鶴 鶴の舞」、真ん中に「吉美屋」と書かれた暖簾が粋である。

創業はまだ新開地が賑やかさを残していた昭和47(1972)年の暮れも迫った12月18日のこと。播州は姫路市大津区吉美の出身である塩津武司さんと奥さんの康代さんが2人で店を切り盛りする。出身地の名前を取って店名を吉美屋としたところは郷土愛に満ちている。

康代さんは「初めて新開地に来た時、酔っ払いが道路で寝ていて、びっくりしました。でも人情味があって、マスターが不在のときなど、お客さんがカバーしてくれましたね。私たちも若かったし・・・」と当時のことを懐かしく話した。

カウンターにはうまそうなアテがバットに盛られ、所狭しと置かれている。どれをもらおうかと迷うが、マグロの剥き身が一番の人気。魚の煮付けや焼いたもの、夏ならハモやそうめんもオススメ。
訪問したのは10月のある日、酒は世界長、ビールはアサヒオンリーということでアサヒビールスーパードライ大瓶を注文した。常時20種以上は用意している肴から松茸の玉子とじ、子持ち鮎を選んで乾杯だ。

近くの常連さんに吉美屋の魅力を聞いてみた。「大将が面白いから来る。話を聞いているだけで心が満たされる。加えてうまいアテがあるなあ」と絶賛した。別の若いお客さんも「マスターのしゃべりが魅力。手間を惜しまず作っている肴の多さ」と同じことを言った。さらに家が近いというカップルにも聞いてみたら「マスターの毒舌と美味しいアテ」と、3組が同じことを言ったので、吉美屋の魅力は「大将と肴」で間違いはなかろう。

当初、大将が料理していたのであろうが、現在は東山商店街で酒菜処「夢月」を営んでいた料理のプロ、河合正幸さんが担っているのでうまいのもうなずける。いや別に大将の料理が美味しくないということでは決してないと一言断っておく。

ボートピアの近所に位置するので店内に2台あるテレビの1台は競艇を映し出している。この日、もう1台は全英女子オープンで優勝した渋野日向子選手が出場している日本女子オープンゴルフ選手権を放映していた。2日目を終わって渋野選手は通算7アンダーで9位だった。

ふとテレビの横の壁の方を見ると、こんな貼紙がある。
 「よーく考えよ
   当たりはひとつだょ
  負ケテ泣クナラ
   ギャンブルスルナ
    飲代は残して負ける事」

筆者ならずとも思わず笑ってしまう、ブラックユーモアたっぷりの大将の愛情のある戒めである。他にも額に入れた「能書きはいい。男は無口がいい」「腹が立つならパチンコするな」「どんな美男美女でも 2時間も見れば飽きが来る 店主敬白」と言った大将の格言がある。店に出しているのは2種だけだが、全部で10種以上はしまっているそうである。ほかに入り口近くにお稲荷さんを祭っている。どうやら岡山の稲荷らしい。

肴がうまくて酒が進む。アサヒビールの店なので筆者は髭のハイボール、福田さんは播州姫路の龍力でおなじみの本田商店の米のささやきを追加した。その後、レモンサワー(樽ハイ)や魚の子も注文。なんだか肴は値段の高いものばかり選んだようだが、まいいか。

話はずっと前に遡るが、美味いアテと清酒世界長に魅せられて通う常連客が話していたなあ。「ミス新開地と誉れの高かったママさんは美人やし、客を客と思わないマスターのトークが聞きたくて。もうこんな店に来るか、と思うけどまた来てしまう。ママさんに子供が生まれて、車引いて店に出ているときもあったなあ」と懐かしい話。

一方、康代さんは「お客さんが来なかったら心配になります。お変わりないですか、生きておったか、などの会話が楽しく、疲れが取れます」と言う。

「オトコマエようけ来るけど、まあ、来てみなはれ、二度と来たくなる店。ついでに儲かりまっせ」とマスターのギャグはますます快調で不滅だ。

そのマスターが「あと5年で店をたたむ」と爆弾発言をした。お客さんの高齢化も心配なことだが、往時に比べて客がかなり減っているのだ。吉美屋は店が広いので、人数が多くても入ることができる。あと5年説を食い止めるためにも、若い人にも、もっと寄って欲しい。それが吉美屋だけでなく新開地という街に賑わいをもたらすはずだ。

「吉美屋」
神戸市兵庫区新開地5-3-22
TEL:078-577-0120
営業時間 10:00~20:00
木曜休

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