18杯目「榊山商店」

櫻正宗の看板が燦然と輝く

日本を代表する酒どころの灘五郷、その一つである御影郷がある阪神御影駅に数年ぶりで降り立った。改札を出て南方面を見渡すと灘の酒蔵の案内図が見える。案内図の上に「こちらの地図看板は2019年8月31日(土)に新しい地図データに差し替えます。灘の酒蔵活性化プロジェクト実行委員会」の張り紙があるがまだ更新されていないようだ。

さて阪神御影駅の界隈は、美よ志、大黒、ライオン堂などの立ち飲み処がひしめくことで有名だ。駅の北側に出ると御影の風物詩”いくちゃん”の串かつ屋台が見えたものだ。その”いくちゃん”が五十余年の営業を終えて1年以上が経過し、駅前に寂しさが漂っているように思えるのは筆者だけだろうか。

その阪神御影駅の北側の高架下に沿って東にしばらく歩く。突き当りで左手の信号を渡ると榊山商店がある。商店と名が付く店に立ち飲みの名店が少なくないが、榊山商店は元々、米屋だった。

店内に入ると燦然と輝く桜正宗の看板が目に付く。この看板は、酒樽がレリーフになったものでお見事、文化財級である。看板の下に昭和七年という文字が見える。創業年はわからないが、昭和よりずっと前、おそらく大正からの営業と見てとれる。また「男は元来ご飯好き」という古いポスターにも目がゆく。酒屋の前に米屋だった証であろう。

店主の上野晃さんは三代目で、初めてのお客にもやさしい。熱燗は福寿、アテは乾き物と缶詰と由緒正しき角打ちである。もちろん神戸ならではのコンビーフの缶詰や6Pチーズ、トコロテン、玉子豆腐なども安い。プラカップ入りのつまみもある。

レジカウンターのほか、事務所の小型スチールテーブルを利用したと思える小さなテーブルが5つか6つあり、椅子もある。前置きが長くなってしまったが、とりあえずビールはやめて、たまには高いタカラCANチューハイとウインナーソーセージをもらった。

カメラの福田さんも奮発して白鶴生貯蔵酒と鯨の大和煮の缶詰だ。それぞれが違うものを注文して乾杯。

最初に訪問した日は雨だったが、この日も雨が降りそうな天気である。震災前やその後もしばらくは店が一杯になるほど多くの常連さんが集まった。ところが震災で中小の企業が廃業したことが大きく響く。高齢化による客の自然減に加え若い人が酒を飲まなくなったこともお客さんが少なくなった理由という。これはどこの角打ちも抱えている悩みである。解決策がすぐ見つかるほど事は簡単ではない。

懐かしい雰囲気の店に出会える機会を提供し、あるいは立ち飲みを知らない方、入ったことがない方には角打ちの楽しみを知ってもらいたい。そして他の誰かに、メッセージを伝えて欲しいと始めたこの角打ち巡礼の企画が少しでも酒屋の賑わいに役立って欲しい。今回の榊山商店訪問で、その思いはいっそう強くなった。

かつては自転車で通う立ち飲みの達人や遠く垂水から立ち寄るお客さんもおられた。雨が降りそうな気配であるが、徐々にお客さんが増えて「酒屋の立ち飲みは九州では角打ちと言いますねん」などと話が弾んだ。チューハイも空いたので福寿の燗酒を追加し、エイのヒレを炙ってもらった。福田さんはキリン氷結を注文したようだが、酔いがまわり記憶があやしくなる。

ご主人も女将さんも気さくで、初めて訪れた10数年前には「櫻正宗のすばらしい看板の写真を撮りたい」との希望を聞いてくれましたね。

五つ玉の算盤があって、裏を見れば桜正宗の刻印、明石の赤松酒店でも見ました。ご主人に著書を見せながら話していると、常連さんが、その本を持ってますと。それがきっかけとなって元町にあった焼き鳥の名店・一平、明石の立ち飲み・たなか屋や三国酒店など共通の店の話題で楽しい話に花が咲きました。しかも、元町の立ち飲み「凡太呂」さんの常連さんの名が挙がったときにはびっくり仰天でした。

角打ちは人との出会いが待っている。店主や偶然隣り合わせたお客さんとの会話が楽しい。おごりもへつらいも不要で、話すのが楽しいから話すのである。他にも地域との出会いもある。昭和の雰囲気をたっぷり残した店内で、店主に店やその地域の歴史など、よもやま話を聞きながら飲む酒は格別である。

「榊山商店」
神戸市東灘区住吉宮町6丁目4-1
TEL:078-851-3834
営業時間 9:00~20:00
定休日 日曜、但し祝日は営業

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