27杯目「小田商店」

住宅街のオアシス

令和元年の10月から始めた東灘区の角打ち巡礼だが、令和2年の正月をまたいでしまった。気のせいかすごく長かった気がする。その東灘の角打ち巡礼を締めくくるのが、JR甲南山手駅から西へ徒歩10分ほどの住宅街(本山第三小学校の西)にある小田商店である。

そもそも小田商店を知ったきっかけは、冊子「神戸立ち呑み巡礼」の復刻版を発行した2018年11月にSNSだったか直接のメールだったか、おそらく小田商店に通う常連の方からの貴重なお知らせだった。いろいろ探してみたが、そのお知らせを見つけられず気になって仕方がない。記録しておくことは非常に大切である。もしこの記事を見られたら連絡をして欲しい。

さて、小田商店は先代が半世紀以上前の昭和40(1965)年8月26日に創業し、現在二代目の小田雄二さんと奥様の代里子さんが暖簾を守っている地域密着の酒屋である。

東灘区は地車(だんじり、以後だんじりと表記)で有名なところであるが、角打ちとは直接関係がなかったので話題にすらしなかった。本山地区の”だんじり”は8区に分かれ、小田商店が属するのは中野地区。ご主人の雄二さんは中野地区の役員を長く務められ、退任した現在も5月の祭礼など事あるごとに顔を出している。そんなこともあって小田商店には”だんじり”に関わるお客さんが多く集うという。
中野地区の祭礼のとき、宮入りするのは中野八幡神社であるが、その上位に保久良神社が位置し、5月4日、5日は例大祭に当たる。

角打ちの魅力の一つに、地域との出会いがある。小田商店では”だんじり”を軸にしたコミュニティーがすでに形成され、地域の文化である”だんじり”がごく自然に継承されていくのだろう。とてもすばらしいことである。

小田商店で角打ちできる場所は3カ所あって、まずカウンター(現在は物置になっているとか)、酒売り場内のテーブル席、そしてVIPルームと呼ばれている奥の小部屋、いずれも椅子があって高齢者に優しい。合計して15人は入れるだろう。

まずはテーブル席にてサッポロラガー赤星で乾杯し、取材開始である。時計を見れば午後5時前、やがてお客さんが増え始める。ついには普段物置のはずのカウンターも埋まったのであった。

店内を見渡すと、お客さんがキープした名札付のボトルがぎっしりと並ぶ棚が壮観である。冷蔵ケースに目をやると、そこにもキープされた日本酒が収まっている。そんな酒の中から”保久良山 灘の一つ火”というラベルの酒を発見したのだった。

”保久良山 灘の一つ火”は太田道灌の名前で知られる太田酒造に製造を依頼した小田商店のオリジナルブランドで、本醸造酒と季節により”にごり”がある。ボトルのラベルは小田さん夫妻が考案したものとか。

ここで保久良山(ほくらさん)について記憶を辿ってみた。神戸の西に住んでいる筆者は身近な山と言えば旗振山や高取山の名前が浮かぶのであるが、神戸の東側に住む方には摩耶山と同じくらいに保久良山はポピュラーであるようだ。最初に保久良山の名前を知ったのは中島らも氏のエッセイ「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」であった。もっともその記憶は消えていたのだが、思い出させてくれたのが平民金子氏による神戸市のサイトに連載されたWEBエッセイ「ごろごろ、神戸3」の第8回の記事だった。この中で保久良神社のことや石灯籠「灘の一つ火」が、かつてこの辺りを通る船の目印となった灯台の役目を担っていたことにも言及している。おそるべし平民金子(笑)ちなみに「沖の舟人 たよりに思う 灘の一つ火 ありがたや」という古謡がある。
もうおわかりですね。小田商店のオリジナル酒”保久良山 灘の一つ火”は小田さん夫妻の地元へのオマージュなのでしょう。

さて、VIPルームに移動することにする。ご主人が用意した炭が赤々と燃えている。いい風情である。この”かんてき”設備はご主人のお友達が7、8年前に製作したもので、ダクトの作りを見ると素人にはできない代物であることは明らか。

炭火には焼き鳥が似合う。ご主人が自ら仕入れた鶏肉に包丁をいれ、串に刺した逸品。しかもご主人が焼いてくれる。角打ちでこのごちそうは至福の極みである。筆者らは取材に忙しく今回は最初に飲んだビールのみ。こんな日もあるさ、ケセラセラ。

常連客の女性に話を聞いた。「お父さんもお母さんも優しくて親切。なかでもこの炭火で焼くアテが最高ですね」と笑顔があふれた。

”保久良山 灘の一つ火”を何度もお代わりしている男性客は「初めて来たときに同じ席になった常連さんに親切にしてもらいました。お父さん、お母さんもだけど、みんな親切で和気あいあいとしていて、また来たくなります」と。

取材日は冬の風が強く寒い日だった。炭火の温りを囲んで酒を酌み交わす光景に角打ちの良さを再発見した。18杯目の榊山商店のところで書いたことを採録する。
~角打ちは人との出会いが待っている。店主や偶然隣り合わせたお客さんとの会話が楽しい。おごりもへつらいも不要で、話すのが楽しいから話すのである。他にも地域との出会いもある。昭和の雰囲気をたっぷり残した店内で、店主に店やその地域の歴史など、よもやま話を聞きながら飲む酒は格別である。~

このVIPルームには”だんじり”のDVDやポスター、グッズ等が置いてある。モニターでDVDを映し出すこともできる。プロ野球シーズンなら阪神タイガースの試合も見ることができる。東灘区の角打ち巡礼の締めくくりとして最高の角打ちに出会えた気がする。

最後の〆に、「ご主人にとって角打ちとは何か」を聞いた。
「本来なら自分から出掛けて行って見たり聞いたりしないといけないのに、お客さんがいろいろな所から情報を持って来てくれます。ありがたい商売やなあと思います」

角打ちながら魚料理にこだわりがあると聞いていたが、この日は魚の仕入れを忘れたそうである。魚を目指してきたお客さん、そしてアテにありつけなかった筆者らも再訪問決定である。

ひとまず東灘区の角打ち巡礼を終え、次回から角打ちの聖地・長田区に移動する。

「小田商店」
神戸市東灘区本山中町2丁目5-27
TEL078-431-0897
営業時間 10:00~23:00(月曜~土曜)12:00~23:00(祝日)
定休日 日曜

This entry was posted in 巡礼. Bookmark the permalink.