39杯目「前田酒店」

源氏物語で有名な現光寺前の名店

JRまたは山陽電車須磨駅前から東へ行き、山陽電鉄の高架を抜けると見えてくる現光寺の向かいに前田酒店はある。山陽電車の車窓からもその姿が見えるのだが、しっかり目を凝らさないと見逃してしまう。

さて現光寺であるが、正式には藩架山現光寺(ませがきさんげんこうじ)という。本尊は阿弥陀如来で、浄教上人の開基と伝えられている。源氏物語の須磨の巻の舞台とも伝えられていることから、源氏物語ファンが立ち寄る源氏寺として知られている。阪神淡路大震災で倒壊したため、本堂や石組みなど新しく建て直された。

そういう由緒ある寺を望む位置にある前田酒店の創業は、三代目店主の前田稔さんによれば、昭和初期ではないかと思われる。震災時の火災で自宅兼店舗を失った。1カ月後、仮設店舗での営業再開にこぎ着けたが、自宅兼店舗の再建が叶ったのは2002年、震災から7年が経っていた。店は稔さんと妻の節子さん二人で切り盛りする。

店を入ったところに立ち席のテーブルがあり、左手に缶詰やお客さんがキープした酒を保管している棚がる。その棚の奥には椅子の入ったテーブルがある。混んでいないときは、椅子ありテーブルに座るお客さんが多いようだが、最近では背の高いテーブル側でも椅子を利用するお客さんが増えた。春になればテーブル席から道路を隔てた先に現光寺の桜を見ることができる。酒は売るほどにあり、花見には最高のロケーションだ。

酒やビールは配達価格と同じ。自分で勝手に冷蔵ケースから取って申告するシステムで、新長田の永井酒店を思い出していただきたい。棚にアテの古びたメニューが張ってある。と言うことは、長いこと値段が変わっていない証だろう。乾き物や缶詰のほかに、簡単な一品がある。例えば、たこ焼き180円、シューマイ180円、とうふ100円、するめ天ぷら200円、6Pチーズ70円、ソーセージ70円などで高くても200円。
面白いのは焼酎をお湯割するときに必要なお湯が50円である。確か宇治川商店街の奥にあった福徳屋酒店(現在は閉店)でもお湯は有料だった。もともと酒は配達価格なので、これは愛嬌というものである。

いつものようにキリンビール大ビンをもらった。すると節子さんが裏メニューの日替わりの一品を出してくれた。漁師の方や他のお客さんが海の幸や山の幸を届けてくれるそうで、タイミングがよければお裾分けにあずかることができる。裏メニューの注文方法は「今日は何がある?」と合言葉を言えばいいようだ。

取材時にはワカメ、茎ワカメ煮、土筆のあえたもの、鶏のから揚げを出していただいた。酒が進む。カメラの福田さんは日本酒、筆者は宝の焼酎ハイボールを追加した。日本酒は保温器で温められているので燗をする必要がない。ところ変われば燗をする方法もさまざまである。

そうこうしていると背の高いテーブルの方が賑やかになってきた。なんと外国人のお客さんが会話に加わっていた。尋ねてみると「教師をやっています」と流暢な日本語が返ってきた。高校か中学の英語の先生だろうか。国際都市神戸らしい出会いである。

ここでエピソードをもうひとつ紹介する。今年の2月に旧グッゲンハイム邸で開催されたイベント「まちのかたち キオクノキロク」に夜行バスで来られた方がいた。空いた時間に友達にもらった「神戸立ち呑み巡礼復刻版」を頼りに角打ち巡りを行った。日曜で垂水の店は休みだったが、須磨の前田酒店で飲みの実践をした。「前田さんはお母さんもお客さんも優しくて最高!」とtwitterに綴っていた。

前田酒店は店の人との距離感もいい。客の方に立ち入るでもなく、自然体である。繰り返すが店内から見る現光寺の眺めがすばらしい。酒を飲みながら光源氏に思いをはせる、これもまたいいのである。

最後に節子さんにとって角打ちとは何かを聞いた。 「生活の一部です。ボケないためでもありますが、お客さんとの会話が楽しくて毎日が充実しています」と。願わくは生涯現役を貫いていただきたい。

《お詫び》新型コロナウイルス感染が広がり、緊急事態宣言が発令されました。店主やお客さんとの会話を楽しむ角打ちも営業を自粛されるところが多くあるようですので、しばらくの間、角打ち巡礼を見合わせることにしました。再開の1杯をお楽しみに。

「前田酒店」
神戸市須磨区千守町1丁目1-9
TEL078-731-3310
営業時間 8:00~19:30
日曜8:00~18:00
12:00~15:00は立ち飲み休み

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38杯目「丸丹酒店」

美人女将が切り盛りする歴史の街の角打ち

街歩きは、新しい発見があって楽しいものである。ある日、と言っても10数年も前のことではあるが、山陽電車の月見山駅を降りて、須磨の現光寺前にある前田酒店の常連さんから教えてもらった、丸丹酒店を目指した。

安くておいしい「みゆき食堂」(現在は閉店)までは、よく来ていたのであるが、その前を通り過ぎて更に西のコンビニの向かいに丸丹酒店はあった。この界隈も阪神淡路大震災の被害が甚大で、中央幹線道路整備のため店の北側がセットバックさせられたそうである。

さて丸丹酒店の前の道路は須磨離宮公園に通じる道で、沿線には松風村雨堂がある。平安時代の歌人在原行平が献歌で光孝天皇の怒りに触れ須磨に流された。その後許された在原行平が都に帰ったあと、彼が愛した松風・村雨姉妹が行平の居宅近くで彼をしのんだ庵が松風村雨堂であると伝えられている。
そのような由緒ある歴史の街で丸丹酒店を営むのが三代目の氏原弘さんと妻の昭子さんだ。創業は95年前の大正14年とされる。いやもっと古いかも知れないが、古いことだけは確かである。


 戸を開けると、美人の女将さんがおられた。
 一瞬の戸惑いの後に、
 「立ち飲みできますか」と問えば、
 「何にしましょうか」と。

一気に緊張の糸が解け、瓶ビール中と6Pチーズを注文したが、冷蔵庫の中にアテを発見。やがて常連さんが次々現れて、立ち飲み談義に。

「この前の道には、村雨堂があるし、天皇の通り道やで」
 「この店には、面白い人間が集まるなあ。オカマも来るで~。春木一夫(*)という作家もおったなあ」
 「今日はじめての人もいるし、まあ、常連さんの憩いの場やなあ」

と、日常の何気ない会話をアテに楽しく飲んでおられ常連さんと品格のある美人女将がいる居心地のいい酒場と思ったものである。

その後もたまに寄らせていただいて、もう10余年が経過する。いつもは昼間だったが今回、午後5時に寄るとすでにテーブルの半分、椅子ありの方は埋まっていた。初めて来たときに聞き漏らしていた店のことなどを改めて聞きながら、いつものようにサッポロビール黒星とたこ焼きでスタートである。

さっそく、週間ポストの連載「男の聖地 角打ちに憩う」の取材陣のお一人を知っているというお客さんの一人が声を掛けてくれた。うれしいなあ。この一言から話が次から次へと繋がっていくのである。

丸丹酒店の近くにかつて中華飯店があり、瀬戸カトリーヌさんのお母さんがよく来ていたと店の方から聞いた。その店の話をすると「行ったことはあるなあ。でも2回は行かなかった」と常連さん達。「ラーメンを注文しただけでコーヒーが出ましたよ」と筆者。

話題は次々と移り、新開地の焼き鳥店、今はなき神戸松竹座のことにまで及び「上と下、どっちがうまい?」「好みによるかなあ」「下は昼開いていて重宝するなあ」「吉本より松竹の方が面白いなあ」と、話題が途切れることはない。

そうこうしていると「弓場八幡神社の庭を毎日掃除している」と聞こえてきたので「地元新聞でその記事(**)見ましたよ」と筆者が応える。掃除している声の主は最初に声を掛けてくれたお客さんで、元メジャーリーガーのマック鈴木さんの父上だったので正直驚いた。材木酒店で出会った方や丸丹酒店の一番古くからのお客さんにも会うことができた。何度も繰り返すが神戸は狭い。

ここからまた近鉄にいた鈴木啓示氏や先ごろ亡くなった野村克也氏らの野球の話になっていくのである。飛び出した話は覚えきれないが、この間にカメラの福田さんは日本酒に切り替え、筆者はハイボールや缶チューハイを口にしていた。

気が付けば閉店の時間である。帰り支度をしていると一人の女性客が「魚屋さんが刺し身持ってくるよ」と言う。しばし待機すると魚屋さんがパックに入れた魚をテーブルに並べてくれた。鯛、ハマチ、イカ、マグロが入ったパックがなんと200円ということで一つ買わせていただいた。持ち帰ってから熱燗でもう一杯飲んだことは言うまでもない。

代表作「神戸の本棚」の著書がある植村達男さんが「時間創造の達人」の中で“酒場は図書館”と記述していたことが思い出される。また「醸界春秋」という雑誌では、漫画家の高橋孟氏が「夜の図書館」というエッセイを寄稿し、“夜の酒場は図書館の閲覧室のようなもの。貴重な資料を提供してくれる所だ。”と記している。この日の丸丹酒店には博識なお客さんが多く集い、まさに夜の図書館のようであった。

用意していた質問”女将さんにとって角打ちとは何か”を聞きそびれてしまった。次回訪問の際に聞いてみることにする。

「筆者注」
(*)作家春木一夫氏は兵庫県生まれ、丸丹酒店の氏原昭子さんの父である。戦時中は兵士、軍属として従軍。戦後は兵庫県警に勤務。退職後作家生活に入る。著書に『兵庫史の謎』『山陽特殊製鋼再建の奇跡』などがある。
(**)神戸新聞2019年7月21日掲載「元メジャーリーガーの父、小さな神社を毎日掃除する理由」

「丸丹酒店」
神戸市須磨区天神町3丁目4-24(離宮道)
TEL078-731-1604
営業時間 9:00~20:00
定休日 日曜

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37杯目「立ち呑みMAX はんにゃとう道場」

道場がある飲み処

板宿の2軒目は板宿本通商店街の東、新町商店街にある立ち呑みMAXはんにゃとう道場を訪れた。新町商店街はアーケードだが車が普通に走るので、歩行者とくに酔っ払いは注意していただきたい。

店主の山口康夫さんに店の歴史を聞いたところ、もともと神戸市須磨区のベッドタウン白川台で営業していた谷川商店がルーツであるとのこと。

-創業はいつ頃でしょうか。
 「白川台団地が誕生したころ、昭和48(1973)年に白川台で開業しました」
-立ち飲みを始めたのは。
 「板宿の平田町1丁目でリカーショップMAXを開いたのは震災の2、3年前で、酒屋だけではやっていけないので立ち飲みを始めました。立ち飲みは15年やってますかね」
-平田町から現在地に移転されたんですね。
 「ここで11年目になります。近くにいい場所があったのでお客さんごと引っ越せたのが良かったです」

この店が面白いのは「はんにゃとう道場」と名付けられた酒屋併設の立ち飲みであったこと。昼間は近所のお年寄り、夕方からは仕事帰りのサラリーマンが来店かと思っていたら「昼も夕方からも変わらないですよ」と山口さんの返事は意外だった。

入り口を入ったすぐ上に、次のような厳しい心得が貼ってあることに気がつくのに時間はかからないだろう。

 曰く
 「一、酒乱のごときは 破門のこと 
  二、鍛錬時間は 最高一時間半とする
  三、練習代は 初めに納金のこと
  四、自前の物は 持ち込まないこと
  五、道場主の教えを尊重すること」
こう書いてあるからと言って恐れることは何もない。品格のある飲み方をすればいいだけのことである。また般若湯のいわれについて「修行中の僧は十戒を守るため日夜修行に励まれ、肉や酒は禁止。しかし、我慢できずに酒は飲まれていた」との説もある。人間なんだから酒は飲もう。

では、いつものようにカウンターに席をとってビールで乾杯である。アテは近くの市場で仕入れたものの他、まゆみさん手作りの品々がカウンター上に並んでいる。その中からスジコンとホタルイカをもらった。他のお客さんが焼いてもらっていた豚足も250円とリーズナブルな値段だ。この豚足は神戸の立ち飲みの特徴でもある。

午後3時、この店のアイドルまゆみさんが登場すると一気に明るくなって盛り上がる。いやあ、飲み処に安い酒があればいいというのは昔のことで、健康な色気も必要だという見本のようである。

店はカウンターのほか、大きな酒樽の蓋を二分割したテーブル席がある。他の店より年齢高めの常連さんらが椅子ありのテーブルを囲んで楽しく飲んでおられる姿にほっこりする。椅子はお客さんが自分で持ち込んだものらしい。店のあらゆる場所に忘年会やボーリング大会、はたまた競馬会の記念写真が掲げてある。店が愛されてきた証であろう。

店主の山口さんは「酒やアテが安くてしゃべるのが楽しい。慣れてきたらお互いに友達になって話していますよ」と。人との出会いを提供し、居場所のひとつとして店がしっかり役割を果たしているようだ。

ビールが空になったので焼酎のお湯割りに切り替えた。カメラの福田さんは芋、筆者は麦を選んだ。その後も、福田さんは菊正宗の熱燗、筆者はチューハイ、アテはゆで卵、定番のエイのヒレなどを追加した。あれこれ飲んで食べて、一人当たり1000円ちょっと。うれしいセンベロですな。

最後に山口さんにとって立ち飲みとは何かを聞いた。
「早う止めたい」と聞こえた気がしたが、もうちょっと長く高齢者の居場所を提供し続けていただきたい。

須磨区宝田町1丁目にある谷川酒店はご親戚の店であることを付記しておく。

「立ち呑みMAX はんにゃとう道場」
神戸市須磨区飛松町2丁目1-17
TEL078-732-2579
営業時間 12:00~20:00
定休日 日曜

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36杯目「材木酒店」

元プロ野球の名選手も通った老舗角打ち

長田区の角打ち巡礼を終え、歴史の街・須磨の板宿にやって来た。市営地下鉄と山陽電車が停車する板宿駅周辺は、西神戸有数の繁華街として栄え、駅から北に板宿本通商店街が続く。周囲は住宅地で滝川学園、育英高校、須磨学園といった歴史のある私立学校がある学生の街である。桜の名所として知られる妙法寺川に沿って北に進むと板宿八幡神社、禅昌寺、萩の寺(明光寺)、那須神社などに至る風向明媚な土地柄でもある。

市営地下鉄と山陽電車のどちらも神戸の中心、三宮駅へのアクセスが便利なため、交通のハブ的な役割を担っている。このため板宿本通商店街を中心に様々な店舗が軒を連ね、サラリーマン相手のいい飲み屋も少なくない土地柄である。

まずは風格のあるたたずまいの材木(ざいもく)酒店を訪れることにしよう。地元の有名人、ターザン山下氏の巨大な顔のバナーが掲げられた板宿本通商店街を北に抜け、滝川学園の門を右手に見ながらしばらく歩くと材木酒店にたどり着く。

広島から神戸に出てきた初代が昭和の初期に創業した、と三代目の材木章純さんに聞いた。初めて訪問した時に見た1升瓶が並んだ壮観な棚が、材木酒店の長い歴史を物語っていた。

現在は章純さんと先代夫人である母、澄子さんがのれんを守るが、角打ちは主にお母さんが担当する。お客さんは、近所の常連さんが多いのは当たり前だが、地下鉄に乗って遠く西神から来る方や、50年来の方と幅広い。常連さんに連れてきてもらってなじみになることも多いようだ。他の角打ちと同様に朝はご隠居さん、夕方からは仕事帰りのお客さんでにぎやかになる。

「西さんのおじいちゃんもよく来てくれました」とお母さんは懐かしがった。おじいちゃんとはアスキーを創業しマイクロソフト副社長も務め、現在学校法人須磨学園学園長である西和彦氏の祖父のこと。

材木酒店の広報部長を自認する中田清成さんによれば、材木酒店には自慢できる日本一が二つあると言う。一つは、店のお孫さんが国体のレスリングで優勝したことで、もう一つは、東京六大学野球からプロ野球の近鉄パールスで活躍し、外野手最多補殺日本記録をもつ日下隆さんだ。プロ野球引退後は、名門三田学園高校をセンバツに3度導き、教え子には山本功児や淡口憲治、羽田耕一がいる。その後店から近い育英高校の野球部監督も務められた。品の良いおじいちゃんという感じの日下さんは、材木酒店では、常連客に先生と慕われていた(2010年死去)。店と常連客同士の交流を見るにつけ、いい酒場だとつくづく感じた。

朱色のカウンターに席を取りサッポロビール赤星を注文する。アテはカウンター上に並べてある天ぷらで乾杯をする。まだ肌寒く感じる3月だが、1杯目のビールはうまいなあ。

時計の針が5時を回ると仕事帰りのお客さんが増え始めた。角打ちなので基本は立ち飲みであるが、材木酒店には大きなテーブルがあって椅子が入っている。お客さんが高齢化してくるのに併せて椅子を入れる例はよくあるが、10年以上も前に来た時にはすでに椅子が入っていた。このテーブルを囲んで一日の疲れを取るお客さんも少なくない。

筆者もたまに寄るので、名前は存じ上げないが顔がわかる常連さんに、改めて材木酒店の魅力について聞いてみた。
「家から近くて、憩いの場所になっています。安くてとても気に入ってます」
「若い人から大学教授まで、いろいろな人が来てていろいろな話が聞けますよ」
「通勤の途中にあるので便利。仕事帰りに途中下車して寄ります」
「お客さんの人柄が良いですね。一日の仕事を終え、”お疲れさん”と言い合える癒しの場です。嫌なことがあっても明日の活力をもらって帰れます」

まさに角打ちの効用と醍醐味が詰まった言葉の数々に納得させられた。角打ち未体験の方も超高齢化社会の到来を見越し、自分の居場所つくりにも最適ではないだろうか。

お客さんの話を聞いている間にも人が増え、この日はおっちゃん達に混じって女性客もちらほら。そう、材木酒店は和気あいあいとした雰囲気なので入りやすく、初めての客にも優しい。だから女性客が立ち寄ることも少なくないのであろう。

熱燗を追加した。燗をする道具や方法も店によって様々であるが、ここ材木酒店は電子レンジを利用する。200ccのコップに八分目くらい入れて、チンしたあと残りを追加して飲み易い温度に調整するのである。酒は西宮郷の白鹿だった。美味である。アテはナビスコプレミアムクラッカーやしゅうまい、おでんなどをもらったが、何を注文してもお客さんとの会話がアテになる。

さらに「年末の30、31日には年越しそばが振る舞われますよ」と教えてくれた。今年の大晦日には足を運ばねばと、すぐさま手帳にメモをしたのは言うまでもない。

最後に澄子さんに”角打ちとはどういう存在”かを聞いた。
「先祖から受け継いだ大切なもの、元気の素、体が動く限り続けたいですね」

昭和初期の創業なので、まもなく百年を迎えることになる。材木酒店の日本一や会話も含めたうまいアテを、常連さんだけのものにするのはもったいない。みなさんにも、ぜひこの空間を共有しに寄ってもらいたい。

「材木酒店」
神戸市須磨区養老町3丁目1-11
TEL078-733-7777
営業時間 9:00~21:00
定休日 2日、12日、22日 但し16:00~21:00は営業

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35杯目「戸田酒店」

戦火、震災と2度の苦難を乗り越えて

神戸市営地下鉄長田駅および高速長田駅の南、御蔵通と菅原通からなる御菅地区が東西に広がる。25年前の阪神淡路大震災で甚大な被害があったところである。拙著「神戸懐かしの純喫茶」の取材で御蔵通1丁目にあった喫茶ホワイトを訪問して以来8年ぶりに御菅地区を歩く。

区画整理され道路も広くなった町から路地や長屋は消え、元の住民もほとんどが戻っていない。どこにでもある新興住宅地のようで震災の傷跡は伺い知ることはできない。
筆者の調べでは、この界隈には震災後に5軒の酒屋が残っており、いずれも角打ちをやっていた。その後、藤本酒店(菅原通2丁目)と竹谷酒店(同4丁目)が廃業して現在は戸田酒店(御蔵通4丁目)、砂川商店(同6丁目)、黒田酒店(菅原通3丁目)が残るのみである。

今回、取材に快く協力していただいた、みくらすいせん公園近くにある戸田酒店を訪れた。創業百年を超える酒屋の暖簾を守るのは三代目の戸田一弘さんと奥様のお二人である。昨年までは朝8時から店を開けていたが、朝はお客さんが少ないので今年から午後2時開店となった。

重厚なカウンターに大きなテーブルと小テーブルがある典型的な角打ち。壁には平成天皇御夫妻が”すいせん公園”に行幸されたときの写真が掲げてある。その店内で戸田さんに話を聞いた。

-創業はいつ頃でしょうか。
「明治の終わり頃のようで、私で三代目。百年は超えていますね」
-創業もこの場所ですか。
「もともとはJR兵庫駅の北、塚本通で営んでいました。戦争の空襲で焼けてしまい、土地は困っている方に譲りました。戦後、御蔵通で再開しましたが、阪神淡路大震災でまた焼けてしまいました。その頃は明石や西区、そして丸山まで配達に行ってましたね。まだ若かったですし。震災後、仮設で営業を始め、再建できたのは平成11(1999)年の秋でした」

跡継ぎ問題も含めて商売は難しいと、戸田さんの話にうなずくばかりであったので、ビールをもらって気分転換することにした。

戸田酒店の看板酒である江井ヶ嶋酒造の神鷹の名が入ったコップに麒麟ビールを注ぐ。アテは角打ちの定番の乾き物、缶詰、ソーセージ等があるが、季節柄おでんが煮えている。厚揚げ、大根、すじ肉、こんにゃくを皿に盛ってもらった。よく煮込んだおでんはうまい。こんにゃくを2人でシェアするのは難しいと思っていたら戸田さんが親切にも包丁を入れてくれた。うれしいね。

ビールが空になったので神鷹の熱燗に切り替えることにした。酒かん器がレトロな物で、タンクに酒を貯めておいて、スイッチひとつで酒かん器を通過する際に温まる仕掛けになっているようだ。

200cc入るコップに表面張力いっぱいに注いでくれている。カウンターの席までこぼさずに持って歩けないので、少しだけ鳥のくちばしのように口を近づけて飲んで減らした(笑)
この後もニッカの水割りや江井ヶ嶋酒造のむぎ焼酎福寿天泉のお湯割、ミレービスケット等をもらった。

-角打ちのお客さんについてお聞きしますが。
「御菅地区には酒屋が9軒もありました。造船所がにぎわっていた頃は朝6時から夜の11時まで大忙しでした。震災後は西区の仮設住宅に移られた方も来てくれてましたが、段々と歳を重ねて、震災前からの馴染みは、ほとんどいなくなりました。いまは川重の兵庫工場の方などが仕事帰りに寄ってくれます。自販機で買って帰る人もいますが、若い人はさっぱりですね」と戸田さん。

一方、奥様は「若い人はこの冷蔵ケースの中からチューハイなどを取って飲まれますよ」と若いお客さんが皆無ということでもなさそうだ。
この巡礼の企画はまだ角打ちの楽しさを知らない方に知ってもらおうと始めたので、掲載後に役立つといいなあ。

気が付けば仕事帰りのお客さんで店はダーク状態になっているではないか。もう20人近くおられるようだ。席を空けねばならない。

最後に戸田さんにとって角打ちとは何かを聞いた。
「古いだけやね。でも元気の素かな、町のいろんな話も入ってくるし」
「知らない者同士が友達になって仕事の紹介ができるのも角打ち。両方の人を知っているので橋渡しができるかな」

震災後の区画整理で道路は広く町並みは整然となった。便利にはなったが、どこにでもありそうな風景に震災の悲しみが隠れている。その悲しみを知り尽くし、自治会役員を長年やってこられた戸田さんだからこそ、一見の客にも優しく接してくれる。角打ちに一人では行けないと思っていたら、ぜひ戸田酒店の扉を開いてください。

これにて長田区の角打ち巡礼を終え、次回からは須磨区にある角打ちを旅する。

「戸田酒店」
神戸市長田区御蔵通4-7
TEL078-576-7660
営業時間 14:00~21:00
定休日 日曜、祝日

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34杯目「鮒田酒店」

酒のアテは何気ない日常の会話

新長田の駒ケ林に水曜日だけ開ける喫茶店、初駒がある。ここで和田岬のメゾンムラタのパンを使ったサンドイッチとおいしいコーヒーを味わった後、北に進む。JR新長田駅を越えて西代方面に歩くとやがて鮒田酒店の前に至る。最近発見したこのコースがお気に入りである。現在、初駒は週に数回開いているようなのだが。

鮒田酒店は立ち飲みの看板こそ出していないが、朝から飲める角打ちをやっている。喫茶店で軽めの食事をして昼酒を味わう至福の時間ということになる。店に入るとすでに数人の客がいる。

営業は朝10時から夜の8時ころまでとのことで、入口の左手にある大型冷蔵庫にワインや焼酎をキープしている常連さんが多いようだ。一方、アテは乾き物かチーズやソーセージとなる。おいしいアテが揃っている飲食店系に近い立ち飲みではなく、ご近所の常連さんで成り立っている本来の正統な角打ちと言える。

筆者と鮒田酒店との出会いは10数年前のことで、飲み友達が発見して様子を教えてくれた。ある日の午後7時ころ入ることができた。当時の備忘録に「この店の常連さんも優しい人たちで、場所を空けてくれてほっとする。 新開地に詳しい常連さんが世界長、吉美屋、八喜為、赤ひげなどの飲み処を話題にして、初めての者にも声を掛けてくれたのは正直うれしいものがある」と記していた。

まずはカマンベールチーズをアテにアサヒビールで乾杯しながら、女将の宮田衣代さんに話を聞いた。
-創業はいつごろでしょうか。
「先代が昭和13年の阪神大水害のことを知っていると話していたから、昭和の初めころでしょうか。80年は経っていると思います」
-阪神淡路大震災では大丈夫でしたか。
「この町内で8人が亡くなられました。家屋も壊れ、建て直しました」

長田区は多くの報道で知られるように阪神淡路大地震で甚大な被害があったところである。表面的には復興したように見える街であるが、まだまだ途上というのが区民の正直な気持ちではないだろうか。当時「誰かに話したい、聞いてもらいたい人がたくさんいた」とよく耳にする。その役割を担ったものの一つが角打ちではなかっただろうか。

-夜勤明けで飲みにこられる方もおられますか。
「今はそういう方はおられませんが、早い時間帯は現役をリタイヤされた方、夕方からは仕事帰りの方が寄られます。一日に何回も来店するお客さんもいます」
酒屋を取り巻く環境も時代も変わってきている証なのでしょう。

今回、お店に入ったのは午後4時半だったが、5時を回るとだんだんとお客さんが増え、10人程度が立てるL字型のカウンターもダーク状態になってきた。

お客さんにも話を聞いてみよう。筆者は10年以上前から時々寄っているので顔なじみのお客さんもいる。板宿にある肉するめで有名な飲み処「ちょこっと」でもお見掛けする常連さんは「女将さんが良い人で明日の活力を求めて店に来ますよ。もうちょっとしたら店のガラス戸から金星が見えるね」とつぶやいた。

また別の常連さんは「現役のころは和田岬の会社に勤めていましてね。木下酒店には通いましたよ。退職してからは家に近い鮒田酒店に毎日来ますし、六間道へも行きます」と、角打ちを楽しんでいるようだ。

いま流行のおしゃれ系の角打ちはアテの多さが売りだが、ここ鮒田酒店では出会った人との会話が酒のアテになる。ほとんどが一人で来店されるが、静かに飲むのも店主を交え地域の歴史などよもやま話を聞くのも楽しい。

ビールが空になったのでカメラの福田さんは日本酒の熱燗を注文。すると女将さんは一杯ずつ温める電気式の酒かん器を取り出して、一升瓶から酒(白鶴だったかなあ)を注ぎ始めた。酒かん器の電気コードがまた懐かしい。本来のコードが駄目になり、電気こたつ用のコードを代用しているそうだ。味は聞くまでもなくうまかったに違いない。

筆者は焼酎ハイボールとこの店でよく注文する「あたり前田のクラッカー」に切り替えた。あるとき「アテ」が納品される場面に遭遇した。鮒田酒店と取引があるのは遠く高砂のヨコカワと知った。酒屋や駄菓子屋が減って需要が減っているそうだが、通信販売(https://www.yokochan.co.jp/)もされているので家での晩酌や行楽のお供にいかがだろうか。

筆者が「あたり前田のクラッカー」を注文すると、周りから今は亡き役者の藤田まことさんの名前や白木みのるさん、芦屋小雁さんらの名前が挙がった。これらの名前、分かる人には分かる(笑)。これだから角打ちは楽しい。

気が付くと、ウィスキー水割りや焼酎も追加して長い時を過ごしたようだ。初めて訪れたときには他店の情報にも話が及び「あの店は家庭的でいいよ」などと教えてくれた。地域の異業種交流の場での楽しい会話はすばらしいアテになるのだが、まさしく鮒田酒店に集う常連さんと女将さんの場合が当てはまる。

酔いがまわり、常連さんが教えてくれた「金星が見えるよ」をすっかり忘れてしまった。この日は金星が月と接近すると新聞で見ていたのに、夜空を見上げなかったのが心残りである。近いうちにまた寄りましょう。

「鮒田酒店」
神戸市長田区西代通1-5-7
TEL078-621-1407
営業時間 10:00~20:00
定休日 日曜

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33杯目「飯田酒店」

こだわりの酒とアテ

下町の情景が色濃く残る長田区苅藻通に、大正7、8(1918、1919)年頃(*)に創業した飯田酒店はある。神戸でも一、二ではないかと思われる桜正宗と忠勇の立派な木製の看板が目を惹く。

JR新長田駅前からは距離があるがどんどん東へ進み、新湊川を越えて南に下る。市営地下鉄海岸線なら苅藻駅で下車して北へ200メートル、更に西へ100メートルほど入ったところにある。いずれも三ツ星ベルトの広告塔が目印だ。この広告塔は耐震補強をしたものの老朽化が避けられず、今年(2020年)の5月にも解体・撤去される運命にある。また一つ神戸から時代の証人が消えていく。なんとか残せないものか。

飯田酒店の前に立つ。表からは老舗の酒屋さんにしか見えないが、奥に入ると立ち飲みコーナーがある。カウンターといくつかテーブルもある。三代目ご主人の飯田純司さんが奥様のしおりさんと二人で店を切り盛りする。

創業100年を超える店内は、球形の和紙で包まれた照明がやわらかい光と影が織りなすレトロ感が充満している。アテを並べたカウンターの台は、銘酒龍正宗のレリーフのある珍しいもの。そのカウンター前でご主人がせっせと鯨のコロを串に刺していた。

近所の常連さん、三ツ星ベルトやミヨシ油脂など近くの企業に勤務されている方が会社帰りに立ち寄る。和気あいあいとした雰囲気の中で、ちょっと一杯という感じの立ち飲み処である。居合わせたお客さんに聞いたところ、ほぼ毎日来るそうだ。

あちこちの酒屋で探しても目にすることのない桜正宗が看板酒の飯田酒店。日本酒好きにはたまらない遭遇となることだろう。
アテはご主人が”うちのシェフ”と呼んでいる奥様の手作りだ。日替わりかと問うと「シェフのその日の気分次第で何が出てくるかわかりません。5時の開店時に揃ってなくて途中から出てくるのもありますよ」という。これは常連客にとって、楽しみは残しておくということか。

「本日のおすすめ」のところに札が掛けてある。ちなみに取材日のおすすめを列記すると、豚そばモダン、まぐろ、とんかつ、手羽元、かにたま、せせり入ほうれん草おひたし、たこやき、かす汁といった具合で、カウンター上のものは含まれいない。

サッポロビールの赤星とポテトサラダをもらって乾杯だ。桜正宗と刻印された200cc入るコップにビールを注ぐ。ポテトサラダは具が多くて美味しい。

少し遅れてやってきた友人は、筆者らが後で注文しようと思っていた鯨のコロとアキレス腱をいきなり注文した。筆者は好きなものは後に残しておくのだが、みなさまはどちらだろうか(笑)

ビールが空になったので上撰桜正宗と鶏のから揚げを追加した。飯田さんは「店主の気まぐれで開ける地酒や焼酎など、レアなものを置いています。また揚物は注文を聞いてから揚げます」と酒にもアテにもこだわりをみせる。

墨で手書きした日本酒メニューには岩手県あさ開純米新酒生原酒(令和元年新米仕込)、神戸魚崎郷桜正宗宮水の華(特別純米)、神戸酒心館福寿純米吟醸(ノーベル賞授賞式晩餐会使用酒)と()内は朱書きしてある。別に本日のおすすめの酒もある。上撰桜正宗がまさにそうで、1杯200ccがなんと250円だった。

常連客にはビールや焼酎のロックと水割りがよく出るようで、ウイスキーは少ないという。アテはおでんがメインだが、だしがよく効いた関東煮のイメージのもの。実際、飯田酒店のFacebookを見ると昨年10月のある日の記事に「#角打ち #立ち飲み #おでん #関東炊き はじめました」とある。

1杯目の桜正宗は常温だったので熱燗を追加し、友人に先を越されたコロとアキレス腱をもらった。うまい酒とコロ、至福の一瞬だが、日本酒2杯は効きすぎてほろ酔いどころではない。カメラの福田さんが、じゃこ天も注文した気がするなあ。

最後に、ご主人の姿が見えないので奥様にとって角打ちとは何かを聞いた。「仕事のひとつですが、楽しい空間です」。そして「せっかくなので違う職場の人と飲んで、交流してもらえるといいですね」とも。

三ツ星ベルトの広告塔の見納めも兼ねて創業100年を超える角打ちをぜひ体験していただきたい。

「筆者注」(*)拙書「神戸ぶらり下町グルメ決定版」にて、「昭和七、八年頃に創業」とあるのは誤りで、「現在地で営業を始めたのが昭和七、八年頃」が正しく、お詫びして訂正します。

「飯田酒店」
神戸市長田区苅藻通4-3-1
TEL078-671-5910
営業時間
17:00~21:00(角打ち)
9:30~21:00(酒屋)
定休日 日曜

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32杯目「永井酒店」

うまいアテと、よきお客さん

新長田の六間道と本町筋商店街が交差する辺りを少し南に下ると永井酒店はある。初めて訪問したのは5年前の夏の日曜日だった。長田でも日曜日に閉めている飲み屋は多いのだが、当時の永井酒店は朝9時から開いていた。

下町の店なので店先に置かれた自転車が目に付いた。店の存在はかねて耳に入ってきていたし、お好み焼きハルナにビールを持ち込むときはこの店の自販機で買っていたので躊躇することなく入れた。初めての店はシステムがよくわからない一面があるが心配は無用だった。

瓶ビールは店の方が出してくれるが、壁際にある冷蔵庫に入っているアテや缶ビール、日本酒は自分で取って店の方に申告するシステムだ。知らないことは常連さんに聞けば親切に教えてくれる、楽しいひとときだった。ナガイ米穀店の看板もあり、店で精米した”おにぎり”が格別うまかった。

そんな思い出の永井酒店に5年ぶりに訪問して、現在の店主である大嶋栄子さんに話を聞いた。
-創業はいつごろでしょうか。
「生まれる前のことは詳しく知らないですけれど三代目になります」
-そうすると昭和の初めころの創業でしょうか。歴史がありますね。
 「今は酒の配達も米の販売も止めて、昼から立ち飲みだけやっています」

店の外観は立派で「清酒日本盛 永井酒店」と「水晶米神戸六甲味じまん取扱店 ナガイ米穀店」の看板が掛かっている。店内には手作りのアテが並べられたカウンターの他、小さめのテーブルが3卓ある。テーブルの一つは役目を終えた冷蔵ケースでモノを大事に使っている様子が伺える。

入店したのは午後4時半だがすでに満席に近い状態で、空いていたテーブルの一つに席を取った。まずは麒麟ビールで乾杯だ。アテには筆者はあの”おにぎり”、カメラの福田さんは”すき焼き風の煮込み”、友人は”ポテサラ”を選んだ。その後、次々と仕事帰りのお客さんが増えていき、ちょっとしたダーク状態である。

お客さんから話を聞くタイミングがなかなか来ない。焦る。福田さんが写真を撮っているのをニコニコしながら眺めているお客さんがいたので、チャンスとばかり話し掛けてみる。「こちらの方がよく知ってるよ」と振ってくれたのでグループで来られた方に聞いてみた。

-永井酒店の魅力は?
「ここは来られるお客さんが良いですね。ご夫婦や若いカップルでも来られますよ」
-2年ほど前に一時閉店していたことがありますが、困りませんでしたか。
「あの時は困りました。ためがね酒店や大原酒店に避難しましたが再開してうれしいです」
-ためがね酒店のご主人は、ここで修行されたそうですよ。

取材の日はグループで来られたお客さんが多かった。その中には普通に女性客が混じっており、1人で来られた方はカウンターで飲んでいたようだ。5時半にはほぼ満杯状態となり、よく繁盛しているものだと感心する。

ビールが空になったので髭のウイスキー、ブラックニッカ水割りを冷蔵庫から取って店の方に自己申告する。すると氷がたっぷり入ったグラスを2つ運んでくれた。ありがたいシステムだ。カウンターに並んでいる手作りのアテから”かき揚げ”を追加。

そしてこの冬初めての”かす汁”が体を温めてくれた。酒粕は看板にあった日本盛だろうかと頭を悩ませたが、そんなことはどうでも良くて「うまかったらええ」という焼き鳥一平(*)の親父さんの声が聞こえた気がした。福田さんは焼酎の水割りも注文したようだった。酒屋だから酒は売るほどにある。加えてうまいアテが豊富にあるのが人気の秘訣と言えようか。

最後に店主の大嶋さんにとって角打ちとはどういう存在かを聞いた。「2年前に店を閉めましたが、暇で退屈でした。何もしないと頭もぼけるでしょ。それで2カ月後に再開したんです」と。常連さんからの後押しで復活したのかと思ったのだが、そうではなかった。大嶋さんにとって角打ちとは健康と活力の源なのかもしれない。常連さんと自身のためにも長く続けて欲しい。

「筆者注」
(*)一平は、かつてJR元町駅高架下にあった焼き鳥屋。地元新聞の記者が”たれ”の材料を聞いたときの答えが、旨かったらええであった。

「永井酒店」
神戸市長田区庄田町2丁目4-11
TEL078-611-0860
営業時間 13:00~20:00
定休日 水曜

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31杯目「松岡商店」

創業85年の老舗酒屋のしゃれた角打ち

JR新長田駅南側出口から線路沿いに東へ数分、若松町2丁目に松岡商店はある。祖父が若松町で開業して85年ということなので、逆算すると昭和10(1935)年ころに創業したことになる。阪神淡路大震災まで久保町で営業していたが、甚大な被害があり震災後、創業の地・若松町に戻ってきた。

株式会社化している松岡商店は三代目になる社長の松岡弘樹さん、奥様、そして従業員の皆さんが暖簾を守っている。業務店への卸と小売主体だった店に変化が訪れたのは、酒屋の一角で立ち飲みすることを表す”角打ち”が一般的になってきた数年前のことである。

切っ掛けは社長の弘樹さんが東京で角打ちに立ち寄ったこと。「普通の角打ちに入ったんですけど、これやったらうちでも出来るなあ」と思い、店の一角を立ち飲みスペースに模様替えした。東京の角打ちを視察したからなのか、アテは缶詰や乾き物だけと言った古典的な角打ちではなく、女性も入りやすいおしゃれな空間になっているのだ。

店内を見渡すと、全国の日本酒の銘柄が冷蔵庫で冷やされているかと思えば、地元兵庫県の酒の棚もある。天井近くには取引のある蔵元の説明がしてある。筆者がわかるのは竹泉、都美人、るみ子の酒といったところで、ほとんど初めて名前を見る蔵のオンパレードだ。
酒屋だから日本酒、ワイン、焼酎と売るほどにあるのは当たり前だが、松岡商店のラインアップはすごいのだ。ワインは日本産に力を入れているそうだ。”百聞は一見に如かず”と古くからの伝え通り、まあ一度行って見なはれ。

立ち飲みコーナーにはフードメニューが貼ってあるのだが、これがまた魅力的な品々である。例えば、メゾンムラタ(*)のパン&きのこペースト、酒かす調味料~糀はな~きのこパワグラタパン、黒毛和牛A5ランク牛すじ煮と言った具合である。どれを選んでいいかわからない場合は、おつまみセット3種がよいかもしれない。あるいは料理人ではないが、料理の研究をされている奥様に相談するのがベターと思う。

午後4時半に入店したものの、お客さんはまだ見えない。我慢できないカメラの福田さんが”飲み比べ+おつまみセット”を注文したので、筆者も安易に同じものを選んだ。酒3種は奥様におまかせで選んでもらった。2人分で6本の瓶がカウンターに並んだ。

覚えているものを列記すると、大分県浜嶋酒造の鷹来屋原酒生酒、三重県元坂酒造の酒屋八兵衛しぼりたて新酒、兵庫県朝来市の田治米合名会社の竹泉の神戸限定酒、福岡県久留米市杜の蔵の槽汲み、京都府向井酒造の京の春、竹泉のJUNMAI NOUVEAU(これは松岡商店限定酒だったかなあ)。いずれの酒もうまくてすいすい喉を通っていく。そしておつまみも酒に負けてはいない。

奥様に「どこからのお客さんが多いか」と聞いたところ、動線が違うのか新長田駅からよりも、店の東方面にあるゴム・靴関係の会社や車両を製造している会社にお勤めの方が仕事帰りに寄られることが多いそうだ。

そうこうしていると筆者の知り合いであり「六甲山シーズンガイド春・夏」など六甲山の著書が多数あるフリーライターで山ガールの根岸真理さんがお客さんとして突然現れたのにはびっくりした。仕事で新長田に来たついでに、かねて聞いていた松岡商店に立ち寄ったそうだ。その後、ふらりと現れた二人連れの1人が根岸さんの知り合いで更に驚いた。神戸は狭い。こういうことが度々起こるコンパクトな都市である。

根岸さんはビールとメゾンムラタのパン&きのこペーストを注文。たいへん気に入った様子で、パンに合うはずと、ワインを追加された。一方、福田さんは気になっていた竹泉の超限定樽生純米生原酒と熊本チーズ盛り合わせを注文し、ビールサーバーならぬ日本酒サーバーから注いでもらっていた。この日本酒サーバーは初めて見たのだが、竹泉以外で例はあるのだろうか。

根岸さんがムラタのパンをお裾分けしてくれたのでビールを追加注文した。ビールも数が多くて選ぶのが難しいのでギネスのタウトと無難なものに落ち着いた。もっとも奥様に好みを伝えて選んでもらうこともできる。最後は筆者もやはり日本酒サーバーから樽生純米生原酒を注いでもらった。

時間とともにお客さんも増え、近くの方にお聞きすると西代方面に会社があって、徒歩で南に下ってきたとか。もう3回くらい来ているそうで、そういう方は「飲み比べ1カ月間使い放題パス1500円」を使うと3回で元が取れるのだ。

松岡商店では店内での「燗酒の飲み比べ」や「立ち飲みの貸し切り」の他、店の内外で定期的にイベントを開催(共催含む)しており目が離せない存在になっている。例えば丹波ワイナリーツアー、垂水のイタリアンレストランAeBとのコラボ、KOBE日本ワインフェス2020などなど。
いまのところダーク状態になることもなく比較的ゆったりと飲むことができる隠れ家的な存在のように思える。人に教えたくない店の一つかもしれない。

最後に奥様にとって角打ちとはどういう存在かを聞いてみた。「飲んで食べて、食事と一緒に酒を楽しむ体験の場」になればとのことである。試飲だけではピンと来なくても、もう少し踏み込んでもらえる体験の場にしたいそうだ。今までの角打ちのイメージを払拭する、女性でも気軽に入れるおしゃれな空間が待っている。

「筆者注」
(*)メゾンムラタは知っている人は知っている和田岬の笠松商店街にある人気のパン屋である。
また支払いは注文の都度払うキャッシュオンデリバリー方式となっているので注意して下さい。

「松岡商店」
神戸市長田区若松町2丁目2-8
TEL078-611-0388
営業時間 立ち飲み 15:00~20:00(平日)
15:00~19:00(土曜、祝日)
酒売り 9:30~
定休日 日曜

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30杯目「ためがね酒店」

美酒桜正宗と手造りのアテが旨い

JR新長田駅前からタンク筋に沿って南へ、国道2号を越えてお好み焼き「みずはら」のちょっと先に「ためがね酒店」はある。
店主の為金潤二さんが長らく酒屋に勤務した後の平成5(1993)年1月に開業し、以来奥さんと二人で店を切り盛りする。今年で28年目になる。

今回の訪問で拙著「神戸立ち呑み八十八カ所巡礼」でたいへんな間違いをしていたことが判明したのだった。「熱狂的な阪神タイガースファンの奥さんと二人で店を切り盛りする」と紹介していたのであるが、なんと阪神タイガースファンだったのはご主人の潤二さんの方。本を見て来店したお客さんが、プロ野球のことをご存じない奥さんに話題を振ることが何度かあったようだ。申し訳ない。12年ぶりにお詫びと訂正をさせていただく。

さて、長田の酒屋は住宅地にあるのと店名に個人名を使っている店が多いのが特徴で、付近にはお年寄りが多く暮らしているため、酒や米の配達も結構あり忙しい毎日である。
最初の店は別の場所にあったが、震災の被害を受け二葉町の今の場所に移転してきた。店はカウンターとテーブルが2台で、それぞれ椅子を置いている。当初から椅子を入れる考えで店を造ったそうだ。

カウンターや冷蔵ケースには奥さん手造りの旨そうなアテが並ぶ。まずはビールで乾杯してカウンターにあるエイのヒレをもらった。冬とは言え、冷えたビールが喉を通るときの感触は酔いものだ。

以前来た時には熱燗と蒸し豚をもらった。酒は大阪府小売酒販組合連合会のコップで広島の賀茂鶴が出た。おお、なんと酒の見識がある店だ。こういう見識を持つのは、ご主人の長い修行の結果かも知れないなどと、勝手に思ったものだ。
日本酒であるが賀茂鶴から桜正宗に代わっていた。地元にも美味しい酒があることに気付いて2年前から取り扱っているそうだ。この桜正宗、角打ちではほとんど見かけることがない貴重なものだ。

ビールが空になったので、桜正宗の本醸造からくちを筆者は熱燗、カメラの福田さんは常温でもらった。熱燗は1個しか残っていない大阪府小売酒販組合のコップに入れてもらった。森下酒店のところで述べたように、蔵元等の文字が刻印されたコップは手に入れるのがますます困難になっている。機会があれば、迷わず入手して欲しい。

日本酒にはこの季節、”おでん”が似合うが、ためがね酒店の鍋には”関東煮(かんとだき)”と大きく書いた紙が貼ってあった。コンビニのセブンイレブンが”おでん”を取り扱い始めて約40年になる。”関東煮”で思い出すのは大阪のたこ梅だ。作家の開高健はここの”さえずり(ヒゲクジラの舌)”を好んだことで有名である。

一方、”関東煮”に対して”かんさいだき”をうたうのがやはり大阪の常夜燈である。名付けたのは、かの名優・森繁久彌である。いずれにせよ”おでん”は奥が深いようだが、”関東煮”はもう死語なのか、ほとんど聞くことがない。久しぶりに見た文字になぜか安らぎを覚えたのだった。

店に入った午後4時すぎ、初めての来店というカップルと筆者らだけだったが、5時を過ぎると仕事帰りのお客さんでいつの間にか埋まってしまった。

昨年の秋、道路を隔てた向かいで兵庫県と神戸市の合同庁舎が業務を開始した。そこで店主の為金さんに聞いてみた。「おかげさまで庁舎にお勤めの方も来店くださいます」と再開発の効果が出ていることを実感されているようでうれしい。庁舎にお勤めの方は、それとなくわかるそうで、これはこれですごいことである。

ご主人との会話も楽しく、チューハイ、焼酎、ハイボール、焼き鳥などを追加したと思うがすでに記憶の外である。関西テレビの番組「よ~いドン!」に「となりの人間国宝さん」というコーナーがあり、お好み焼き屋や銭湯に置いてある兵庫鉱泉所(神戸市長田区)の”アップル”という飲み物が、角打ちでも飲めると取り上げられたことがあった。そのことを思い出して最後に注文してみた。

アップルというネーミングだがリンゴの味はしない。しいて言えば、”みかん”のような味だろうか。もともとは”みかん水”と言っていたそうで、王冠中央に「無果汁」と大きく表記されている。何はともあれ、アップルを地域資源として町の賑わいに活用しようと地元自治会とともに為金さんも力を入れている。

最後に店主の為金さんにとって角打ちとは何かを聞いた。「昭和の置き土産として、これからも続いて欲しい場所」と話した。そして「戦前の文化を残したい」とも。筆者らが神戸角打ち巡礼を始めたいきさつとも合致し、心強い声援をもらった気がする。

「ためがね酒店」
神戸市長田区二葉町4丁目6-9
TEL078-611-0612
営業時間 9:00~20:00
定休日 日曜

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