32杯目「永井酒店」

うまいアテと、よきお客さん

新長田の六間道と本町筋商店街が交差する辺りを少し南に下ると永井酒店はある。初めて訪問したのは5年前の夏の日曜日だった。長田でも日曜日に閉めている飲み屋は多いのだが、当時の永井酒店は朝9時から開いていた。

下町の店なので店先に置かれた自転車が目に付いた。店の存在はかねて耳に入ってきていたし、お好み焼きハルナにビールを持ち込むときはこの店の自販機で買っていたので躊躇することなく入れた。初めての店はシステムがよくわからない一面があるが心配は無用だった。

瓶ビールは店の方が出してくれるが、壁際にある冷蔵庫に入っているアテや缶ビール、日本酒は自分で取って店の方に申告するシステムだ。知らないことは常連さんに聞けば親切に教えてくれる、楽しいひとときだった。ナガイ米穀店の看板もあり、店で精米した”おにぎり”が格別うまかった。

そんな思い出の永井酒店に5年ぶりに訪問して、現在の店主である大嶋栄子さんに話を聞いた。
-創業はいつごろでしょうか。
「生まれる前のことは詳しく知らないですけれど三代目になります」
-そうすると昭和の初めころの創業でしょうか。歴史がありますね。
 「今は酒の配達も米の販売も止めて、昼から立ち飲みだけやっています」

店の外観は立派で「清酒日本盛 永井酒店」と「水晶米神戸六甲味じまん取扱店 ナガイ米穀店」の看板が掛かっている。店内には手作りのアテが並べられたカウンターの他、小さめのテーブルが3卓ある。テーブルの一つは役目を終えた冷蔵ケースでモノを大事に使っている様子が伺える。

入店したのは午後4時半だがすでに満席に近い状態で、空いていたテーブルの一つに席を取った。まずは麒麟ビールで乾杯だ。アテには筆者はあの”おにぎり”、カメラの福田さんは”すき焼き風の煮込み”、友人は”ポテサラ”を選んだ。その後、次々と仕事帰りのお客さんが増えていき、ちょっとしたダーク状態である。

お客さんから話を聞くタイミングがなかなか来ない。焦る。福田さんが写真を撮っているのをニコニコしながら眺めているお客さんがいたので、チャンスとばかり話し掛けてみる。「こちらの方がよく知ってるよ」と振ってくれたのでグループで来られた方に聞いてみた。

-永井酒店の魅力は?
「ここは来られるお客さんが良いですね。ご夫婦や若いカップルでも来られますよ」
-2年ほど前に一時閉店していたことがありますが、困りませんでしたか。
「あの時は困りました。ためがね酒店や大原酒店に避難しましたが再開してうれしいです」
-ためがね酒店のご主人は、ここで修行されたそうですよ。

取材の日はグループで来られたお客さんが多かった。その中には普通に女性客が混じっており、1人で来られた方はカウンターで飲んでいたようだ。5時半にはほぼ満杯状態となり、よく繁盛しているものだと感心する。

ビールが空になったので髭のウイスキー、ブラックニッカ水割りを冷蔵庫から取って店の方に自己申告する。すると氷がたっぷり入ったグラスを2つ運んでくれた。ありがたいシステムだ。カウンターに並んでいる手作りのアテから”かき揚げ”を追加。

そしてこの冬初めての”かす汁”が体を温めてくれた。酒粕は看板にあった日本盛だろうかと頭を悩ませたが、そんなことはどうでも良くて「うまかったらええ」という焼き鳥一平(*)の親父さんの声が聞こえた気がした。福田さんは焼酎の水割りも注文したようだった。酒屋だから酒は売るほどにある。加えてうまいアテが豊富にあるのが人気の秘訣と言えようか。

最後に店主の大嶋さんにとって角打ちとはどういう存在かを聞いた。「2年前に店を閉めましたが、暇で退屈でした。何もしないと頭もぼけるでしょ。それで2カ月後に再開したんです」と。常連さんからの後押しで復活したのかと思ったのだが、そうではなかった。大嶋さんにとって角打ちとは健康と活力の源なのかもしれない。常連さんと自身のためにも長く続けて欲しい。

「筆者注」
(*)一平は、かつてJR元町駅高架下にあった焼き鳥屋。地元新聞の記者が”たれ”の材料を聞いたときの答えが、旨かったらええであった。

「永井酒店」
神戸市長田区庄田町2丁目4-11
TEL078-611-0860
営業時間 13:00~20:00
定休日 水曜

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31杯目「松岡商店」

創業85年の老舗酒屋のしゃれた角打ち

JR新長田駅南側出口から線路沿いに東へ数分、若松町2丁目に松岡商店はある。祖父が若松町で開業して85年ということなので、逆算すると昭和10(1935)年ころに創業したことになる。阪神淡路大震災まで久保町で営業していたが、甚大な被害があり震災後、創業の地・若松町に戻ってきた。

株式会社化している松岡商店は三代目になる社長の松岡弘樹さん、奥様、そして従業員の皆さんが暖簾を守っている。業務店への卸と小売主体だった店に変化が訪れたのは、酒屋の一角で立ち飲みすることを表す”角打ち”が一般的になってきた数年前のことである。

切っ掛けは社長の弘樹さんが東京で角打ちに立ち寄ったこと。「普通の角打ちに入ったんですけど、これやったらうちでも出来るなあ」と思い、店の一角を立ち飲みスペースに模様替えした。東京の角打ちを視察したからなのか、アテは缶詰や乾き物だけと言った古典的な角打ちではなく、女性も入りやすいおしゃれな空間になっているのだ。

店内を見渡すと、全国の日本酒の銘柄が冷蔵庫で冷やされているかと思えば、地元兵庫県の酒の棚もある。天井近くには取引のある蔵元の説明がしてある。筆者がわかるのは竹泉、都美人、るみ子の酒といったところで、ほとんど初めて名前を見る蔵のオンパレードだ。
酒屋だから日本酒、ワイン、焼酎と売るほどにあるのは当たり前だが、松岡商店のラインアップはすごいのだ。ワインは日本産に力を入れているそうだ。”百聞は一見に如かず”と古くからの伝え通り、まあ一度行って見なはれ。

立ち飲みコーナーにはフードメニューが貼ってあるのだが、これがまた魅力的な品々である。例えば、メゾンムラタ(*)のパン&きのこペースト、酒かす調味料~糀はな~きのこパワグラタパン、黒毛和牛A5ランク牛すじ煮と言った具合である。どれを選んでいいかわからない場合は、おつまみセット3種がよいかもしれない。あるいは料理人ではないが、料理の研究をされている奥様に相談するのがベターと思う。

午後4時半に入店したものの、お客さんはまだ見えない。我慢できないカメラの福田さんが”飲み比べ+おつまみセット”を注文したので、筆者も安易に同じものを選んだ。酒3種は奥様におまかせで選んでもらった。2人分で6本の瓶がカウンターに並んだ。

覚えているものを列記すると、大分県浜嶋酒造の鷹来屋原酒生酒、三重県元坂酒造の酒屋八兵衛しぼりたて新酒、兵庫県朝来市の田治米合名会社の竹泉の神戸限定酒、福岡県久留米市杜の蔵の槽汲み、京都府向井酒造の京の春、竹泉のJUNMAI NOUVEAU(これは松岡商店限定酒だったかなあ)。いずれの酒もうまくてすいすい喉を通っていく。そしておつまみも酒に負けてはいない。

奥様に「どこからのお客さんが多いか」と聞いたところ、動線が違うのか新長田駅からよりも、店の東方面にあるゴム・靴関係の会社や車両を製造している会社にお勤めの方が仕事帰りに寄られることが多いそうだ。

そうこうしていると筆者の知り合いであり「六甲山シーズンガイド春・夏」など六甲山の著書が多数あるフリーライターで山ガールの根岸真理さんがお客さんとして突然現れたのにはびっくりした。仕事で新長田に来たついでに、かねて聞いていた松岡商店に立ち寄ったそうだ。その後、ふらりと現れた二人連れの1人が根岸さんの知り合いで更に驚いた。神戸は狭い。こういうことが度々起こるコンパクトな都市である。

根岸さんはビールとメゾンムラタのパン&きのこペーストを注文。たいへん気に入った様子で、パンに合うはずと、ワインを追加された。一方、福田さんは気になっていた竹泉の超限定樽生純米生原酒と熊本チーズ盛り合わせを注文し、ビールサーバーならぬ日本酒サーバーから注いでもらっていた。この日本酒サーバーは初めて見たのだが、竹泉以外で例はあるのだろうか。

根岸さんがムラタのパンをお裾分けしてくれたのでビールを追加注文した。ビールも数が多くて選ぶのが難しいのでギネスのタウトと無難なものに落ち着いた。もっとも奥様に好みを伝えて選んでもらうこともできる。最後は筆者もやはり日本酒サーバーから樽生純米生原酒を注いでもらった。

時間とともにお客さんも増え、近くの方にお聞きすると西代方面に会社があって、徒歩で南に下ってきたとか。もう3回くらい来ているそうで、そういう方は「飲み比べ1カ月間使い放題パス1500円」を使うと3回で元が取れるのだ。

松岡商店では店内での「燗酒の飲み比べ」や「立ち飲みの貸し切り」の他、店の内外で定期的にイベントを開催(共催含む)しており目が離せない存在になっている。例えば丹波ワイナリーツアー、垂水のイタリアンレストランAeBとのコラボ、KOBE日本ワインフェス2020などなど。
いまのところダーク状態になることもなく比較的ゆったりと飲むことができる隠れ家的な存在のように思える。人に教えたくない店の一つかもしれない。

最後に奥様にとって角打ちとはどういう存在かを聞いてみた。「飲んで食べて、食事と一緒に酒を楽しむ体験の場」になればとのことである。試飲だけではピンと来なくても、もう少し踏み込んでもらえる体験の場にしたいそうだ。今までの角打ちのイメージを払拭する、女性でも気軽に入れるおしゃれな空間が待っている。

「筆者注」
(*)メゾンムラタは知っている人は知っている和田岬の笠松商店街にある人気のパン屋である。
また支払いは注文の都度払うキャッシュオンデリバリー方式となっているので注意して下さい。

「松岡商店」
神戸市長田区若松町2丁目2-8
TEL078-611-0388
営業時間 立ち飲み 15:00~20:00(平日)
15:00~19:00(土曜、祝日)
酒売り 9:30~
定休日 日曜

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30杯目「ためがね酒店」

美酒桜正宗と手造りのアテが旨い

JR新長田駅前からタンク筋に沿って南へ、国道2号を越えてお好み焼き「みずはら」のちょっと先に「ためがね酒店」はある。
店主の為金潤二さんが長らく酒屋に勤務した後の平成5(1993)年1月に開業し、以来奥さんと二人で店を切り盛りする。今年で28年目になる。

今回の訪問で拙著「神戸立ち呑み八十八カ所巡礼」でたいへんな間違いをしていたことが判明したのだった。「熱狂的な阪神タイガースファンの奥さんと二人で店を切り盛りする」と紹介していたのであるが、なんと阪神タイガースファンだったのはご主人の潤二さんの方。本を見て来店したお客さんが、プロ野球のことをご存じない奥さんに話題を振ることが何度かあったようだ。申し訳ない。12年ぶりにお詫びと訂正をさせていただく。

さて、長田の酒屋は住宅地にあるのと店名に個人名を使っている店が多いのが特徴で、付近にはお年寄りが多く暮らしているため、酒や米の配達も結構あり忙しい毎日である。
最初の店は別の場所にあったが、震災の被害を受け二葉町の今の場所に移転してきた。店はカウンターとテーブルが2台で、それぞれ椅子を置いている。当初から椅子を入れる考えで店を造ったそうだ。

カウンターや冷蔵ケースには奥さん手造りの旨そうなアテが並ぶ。まずはビールで乾杯してカウンターにあるエイのヒレをもらった。冬とは言え、冷えたビールが喉を通るときの感触は酔いものだ。

以前来た時には熱燗と蒸し豚をもらった。酒は大阪府小売酒販組合連合会のコップで広島の賀茂鶴が出た。おお、なんと酒の見識がある店だ。こういう見識を持つのは、ご主人の長い修行の結果かも知れないなどと、勝手に思ったものだ。
日本酒であるが賀茂鶴から桜正宗に代わっていた。地元にも美味しい酒があることに気付いて2年前から取り扱っているそうだ。この桜正宗、角打ちではほとんど見かけることがない貴重なものだ。

ビールが空になったので、桜正宗の本醸造からくちを筆者は熱燗、カメラの福田さんは常温でもらった。熱燗は1個しか残っていない大阪府小売酒販組合のコップに入れてもらった。森下酒店のところで述べたように、蔵元等の文字が刻印されたコップは手に入れるのがますます困難になっている。機会があれば、迷わず入手して欲しい。

日本酒にはこの季節、”おでん”が似合うが、ためがね酒店の鍋には”関東煮(かんとだき)”と大きく書いた紙が貼ってあった。コンビニのセブンイレブンが”おでん”を取り扱い始めて約40年になる。”関東煮”で思い出すのは大阪のたこ梅だ。作家の開高健はここの”さえずり(ヒゲクジラの舌)”を好んだことで有名である。

一方、”関東煮”に対して”かんさいだき”をうたうのがやはり大阪の常夜燈である。名付けたのは、かの名優・森繁久彌である。いずれにせよ”おでん”は奥が深いようだが、”関東煮”はもう死語なのか、ほとんど聞くことがない。久しぶりに見た文字になぜか安らぎを覚えたのだった。

店に入った午後4時すぎ、初めての来店というカップルと筆者らだけだったが、5時を過ぎると仕事帰りのお客さんでいつの間にか埋まってしまった。

昨年の秋、道路を隔てた向かいで兵庫県と神戸市の合同庁舎が業務を開始した。そこで店主の為金さんに聞いてみた。「おかげさまで庁舎にお勤めの方も来店くださいます」と再開発の効果が出ていることを実感されているようでうれしい。庁舎にお勤めの方は、それとなくわかるそうで、これはこれですごいことである。

ご主人との会話も楽しく、チューハイ、焼酎、ハイボール、焼き鳥などを追加したと思うがすでに記憶の外である。関西テレビの番組「よ~いドン!」に「となりの人間国宝さん」というコーナーがあり、お好み焼き屋や銭湯に置いてある兵庫鉱泉所(神戸市長田区)の”アップル”という飲み物が、角打ちでも飲めると取り上げられたことがあった。そのことを思い出して最後に注文してみた。

アップルというネーミングだがリンゴの味はしない。しいて言えば、”みかん”のような味だろうか。もともとは”みかん水”と言っていたそうで、王冠中央に「無果汁」と大きく表記されている。何はともあれ、アップルを地域資源として町の賑わいに活用しようと地元自治会とともに為金さんも力を入れている。

最後に店主の為金さんにとって角打ちとは何かを聞いた。「昭和の置き土産として、これからも続いて欲しい場所」と話した。そして「戦前の文化を残したい」とも。筆者らが神戸角打ち巡礼を始めたいきさつとも合致し、心強い声援をもらった気がする。

「ためがね酒店」
神戸市長田区二葉町4丁目6-9
TEL078-611-0612
営業時間 9:00~20:00
定休日 日曜

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29杯目「横山酒店」

昭和の残り香が漂う空間

10年ぶりくらいにお好み焼き万味に寄った帰りに、その存在に気がついたのが長田区久保町9丁目にある横山酒店である。
新長田の町名は南北につくものと東西につくものがあり、久保町は東西に細長く伸びている。この久保町より南の万味(その後廃業)がある東西の筋に鈴木酒店や大原酒店があることは以前から知ってはいたのだが、横山酒店は視界から漏れていた。

外観から惹かれるものがあり、お昼すぎに入ってみると店の方の姿はない。だが、ここで帰ってしまっては元も子もない。声を出してみると美人の若奥様が出てこられてほっとした。
小ぶりではあるが年季の入ったカウンター、むき出しの配線、これらは花隈の須方酒店や和田岬の木下酒店を彷彿させる。

チューハイとチーズをもらった。チューハイは出来合いのものではなく、きちんと一杯作ってくれた。角打ちが好きで長田の町をよく巡ることなど他愛のない話をさせてもらった。
次の予定があったのでチューハイ1杯だけにして店を出た。また来たい店である。そう思ったのが2年半ほど前の秋のことだった。

そして今回の訪問となったのだが、初めてのときにあった看板が無くなっていた。すわ廃業か、と頭をよぎったが台風のせいと判明した。

店主の横山セツ子さんにまず店の歴史について話を聞いた。
「創業したのはいつ頃でしょうか?」
「三代目だった主人の後を継いだので四代目になるでしょうか」
「大正末期か昭和初期のころだと思います。まもなく百年ですね」。以前訪問した和田岬の木下酒店やリカー&フーズむらかみと同じ頃か。

お客さんが来られるのは午後6時頃と聞いていたのでそれより少し前に寄ったが、すでに常連さん2人の姿があった。
いつものようにまず瓶ビールをもらった。アテは大小のホワイトボードに記載されている。大きいボードには手作りの旬のアテ約20種、小さい方にはおでん10種以上が書いてある。大きいボードにアジのたたき、マグロのすき身があったのでアジのたたきをチョイスした。

続々と仕事帰りのお客さんが来られ、午後6時前にはこじんまりした店のカウンターとテーブルが埋まってしまった。

店主は、お客さんから女将さん、あるいはママと呼ばれているのかと思ったが、なんと”セッちゃん”。注文の都度、親しみを込めてそう連呼されているのだ。この”セッちゃん”、カウンターの中にいたのが、小さな子供さんの世話をするために奥に引っ込んでしまう。そういう時は先にいた常連さんが後から来たお客さんにビールを出したりグラスを渡したりしていた。相生町の渡辺酒店で見た光景だ。

奥から小さな子供さんが姿を見せた。すかさずお客さんが相手をする。どこからともなく「昭和3、40年代には店の子はお客さんに育ててもらった」との声が聞こえてきた。ここ横山酒店は昭和のままで止まっている。

子供さんが店主の孫と聞いて驚いた。初めて来たときの印象として「美人の若奥様が出てこられてほっとする」なんて記録してますなあ(笑)。カウンターにいたマイグラスのお客さんが「原節子似の美人」と言えば、セッちゃんは「そんなこと言うのは、この人だけ」と一笑に付した。

常連さんの話も聞いてみよう。
 「家が近くで毎日来ている。角打ちなのにアテが豊富にある」
 「1000円あったら十分。2000円やったらフラフラや」
 「19歳のころから30年以上来てるなあ」
当時なら飲酒は20歳からなどと野暮なことは言わなかったであろう。現在では通らないことでも、昭和の時代はおおらかだった。そんな雰囲気が下町長田にある横山酒店にはまだ残っているということだ。

ビールが空になったので、おでん(焼き豆腐、じゃがいも、鱧ダンゴ)とカメラの福田さんは菊正宗のコップ酒、筆者はチューハイを追加。このチューハイは焼酎を布引礦泉所のレモンサワーで割ったもので大きなグラスにたっぷりと入れてくれた。布引礦泉所と言えば布引の滝という言葉から神戸の会社を連想したが西宮だった。但し、原料水は布引山麓の湧出井戸より西宮工場へ運搬使用しているそうだ。

気がついてみるとお客さんは更に増え、男性客に混じって女性客も和気あいあいと楽しんでいるのが印象的だ。声を掛けていた久保町の事務所で働く知人女性も加わった。「仕事帰りにのぞくとお客さんが一杯で入りにくい気がした」そうだが、「これで明日から一人で来れるね」と囁いた。今回の筆者らのような一見にも常連さんはとても親切に接してくれた。

後に”セッちゃん”にとって角打ちとは何かと聞くと「お客さんから元気をもらっています」と。お客さんとて”セッちゃん”から元気をもらっているに違いない。そんな憩いの場での一夜、楽しませていただいた皆様、ありがとう。そして、このような場をいつまでも続けられることを祈ってやみません。

「横山酒店」
神戸市長田区久保町9丁目1-6
TEL078-611-5616
営業時間 17:00~21:00
定休日 日曜

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28杯目「森下酒店」

古いままを大事にしたい

JR鷹取駅から南に数分のところに森下酒店がある。阪神淡路大震災で甚大な被害があったところで、あの日から25年の節目を迎えた。震災後も営業していた井村酒店(海運町3)、谷川酒舗(海運町3)、中島酒店(海運町7)はすでに廃業して、界隈の角打ちは森下酒店が残るのみである。

森下酒店は昭和42(1967)年に二代目店主の森下貴央(たかひさ)さんの父が創業、半世紀を越える老舗である。前述のように大震災があったところだが、森下酒店の建物は、その震災にも耐え残り今がある。

10年以上前に取材した”神戸立ち呑み八十八カ所巡礼”にて「酒屋にしては若い店主夫妻が店を切り盛りしており、高齢化と後継者難という業界を取り巻く問題もクリアしての営業で安心感がある」と紹介したが、50代の働き盛りになった森下さんは、まだまだ若い。

店の外からは想像もできないが、店内に一歩足を踏み入れると、そこは昭和の時代を彷彿させるに十分な渋い佇まいである。立ち飲みなのでカウンターもあるが、テーブル7、8台に椅子を置くかなりのキャパシティがある。この風情に目をつけ、自主映画「れいこいるか」のロケに使われたこともある。

神戸の立ち飲みの特徴は椅子の有無ではない。酒屋の一角で飲むことが、すなわち立ち飲みと言われる所以であるから、大阪などの立ち飲みとは一線を画すことは知っていただきたい。

立ち飲みのメッカ長田で朝早くから繁盛している店のひとつで、酒は兵庫の香住鶴を始めとして高知の土佐鶴、広島の賀茂鶴、新潟の八海山などが揃っている。また焼酎の種類も豊富。カウンターに並んだ奥さんの手料理(*)が美味しいとなれば、さらにもう一杯と酒が進む常連さんには申し分のない店である。最近の傾向として日本酒の注文や女性客が増えているそうだ。

いつものように瓶ビールと神戸では珍しい紅しょうがの天ぷら、ミミンガ(豚のミミ)をもらった。紅しょうがについて調べたことがあった。ある調査によれば紅しょうがの天ぷらを食べる人の割合は大阪65%、奈良62%、和歌山75%、兵庫34%となっている。神戸でも皆無と言うわけでもなく大安亭のてんぷらの三宅で買った紅しょうがは乙な味がしたことを覚えている。一方、ミミンガは塩かタレをかけて食べるのだがコリコリとした食感が心地よい。

森下酒店の朝は夜勤明けの方、昼間はリタイヤされた方、夕方からは仕事帰りの方に愛用されているようだ。夕方から取材させてもらったのだが、あっと言う間にテーブル席が埋まり、カウンター席もダーク状態になった。これだけ客が増えると勘定も大変だなと、心配してしまう。

それはさておき、震災時のことを森下さんに聞いてみた。被災された方や復興の応援に来られた方で店はたいそう忙しい状態が続いたそうである。筆者が思うには疲れを癒したいということは勿論あるだろうが、人に話を聞いてもらいたい、人と話がしたいこともあったであろう。角打ちは安らぎを与えてくれるコミュニティーのひとつであると思う。

ビールも空になったのでハイカラ神戸の角打ちには必ずあるコンビーフとホワイトアスパラから、アスパラと筆者はハイボール、カメラの福田さんは香住鶴の季節商品となる「香住の雪見酒」を追加した。

コップ酒のコップは大阪府小売酒販組合のものを使用しているので200ccたっぷりと入る。ここが最近の立ち飲み処と明らかに違うところである。福田さんの注文した酒のコップには桜正宗の刻印があるが間違いなく200ccである。蔵元の名前が入ったコップも希少品になってきているので、手に入りそうなときには入手しておくべきである。

隣席のお客さんとも仲良くなり角打ちの話で盛り上がった。女性客の一人は「ここは大人のお客さんが多いので好きなんです」と魅力の一端を教えてくれた。また別の方は「話し声が居酒屋のような高音の雑音ではなく、耳に心地よく聞こえるので気にならない」と、意外な視点に驚かされた。

神戸の角打ちでは冬場にはたいてい粕汁が提供される。森下酒店では菊正宗の酒粕を使ったものを出していると聞いたのだが、常連さんとの会話に夢中で注文するのを失念してしまった。福田さんはカメラに収めていただろうか。

お手洗いの入り口に「LAVATORY」と英文で書いた看板が気になるのは筆者だけではあるまいと、確かめてみた。JR鷹取駅で使っていたものを、鉄道ファンのための即売会で購入したものだそうである。「手洗所」の文字の下の英語表記がいかにも昭和の香りと言えるもので、「この古いままをいつまでも残したい」と話す森下さんが、後世まで残したいものの一つかも知れない。

最後に森下さんにとって角打ちとは何かと聞いてみた。考えたこともないそうだが「仕事ではあるけど、いろいろな人と出会えるのが楽しい場所」とのことである。

粕汁を注文しなかったことが悔やまれる。冬場のうちに再訪問決定である。

※筆者注(*)手作りのアテは準備の都合上、夕方の午後4時ころからの提供になります。

「森下酒店」
神戸市長田区長楽町3丁目8-8
TEL078-731-3963
営業時間
10:00~22:00(月曜~金曜)
10:00~21:00(土曜)
16:00~19:00(祝日)
定休日 日曜

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27杯目「小田商店」

住宅街のオアシス

令和元年の10月から始めた東灘区の角打ち巡礼だが、令和2年の正月をまたいでしまった。気のせいかすごく長かった気がする。その東灘の角打ち巡礼を締めくくるのが、JR甲南山手駅から西へ徒歩10分ほどの住宅街(本山第三小学校の西)にある小田商店である。

そもそも小田商店を知ったきっかけは、冊子「神戸立ち呑み巡礼」の復刻版を発行した2018年11月にSNSだったか直接のメールだったか、おそらく小田商店に通う常連の方からの貴重なお知らせだった。いろいろ探してみたが、そのお知らせを見つけられず気になって仕方がない。記録しておくことは非常に大切である。もしこの記事を見られたら連絡をして欲しい。

さて、小田商店は先代が半世紀以上前の昭和40(1965)年8月26日に創業し、現在二代目の小田雄二さんと奥様の代里子さんが暖簾を守っている地域密着の酒屋である。

東灘区は地車(だんじり、以後だんじりと表記)で有名なところであるが、角打ちとは直接関係がなかったので話題にすらしなかった。本山地区の”だんじり”は8区に分かれ、小田商店が属するのは中野地区。ご主人の雄二さんは中野地区の役員を長く務められ、退任した現在も5月の祭礼など事あるごとに顔を出している。そんなこともあって小田商店には”だんじり”に関わるお客さんが多く集うという。
中野地区の祭礼のとき、宮入りするのは中野八幡神社であるが、その上位に保久良神社が位置し、5月4日、5日は例大祭に当たる。

角打ちの魅力の一つに、地域との出会いがある。小田商店では”だんじり”を軸にしたコミュニティーがすでに形成され、地域の文化である”だんじり”がごく自然に継承されていくのだろう。とてもすばらしいことである。

小田商店で角打ちできる場所は3カ所あって、まずカウンター(現在は物置になっているとか)、酒売り場内のテーブル席、そしてVIPルームと呼ばれている奥の小部屋、いずれも椅子があって高齢者に優しい。合計して15人は入れるだろう。

まずはテーブル席にてサッポロラガー赤星で乾杯し、取材開始である。時計を見れば午後5時前、やがてお客さんが増え始める。ついには普段物置のはずのカウンターも埋まったのであった。

店内を見渡すと、お客さんがキープした名札付のボトルがぎっしりと並ぶ棚が壮観である。冷蔵ケースに目をやると、そこにもキープされた日本酒が収まっている。そんな酒の中から”保久良山 灘の一つ火”というラベルの酒を発見したのだった。

”保久良山 灘の一つ火”は太田道灌の名前で知られる太田酒造に製造を依頼した小田商店のオリジナルブランドで、本醸造酒と季節により”にごり”がある。ボトルのラベルは小田さん夫妻が考案したものとか。

ここで保久良山(ほくらさん)について記憶を辿ってみた。神戸の西に住んでいる筆者は身近な山と言えば旗振山や高取山の名前が浮かぶのであるが、神戸の東側に住む方には摩耶山と同じくらいに保久良山はポピュラーであるようだ。最初に保久良山の名前を知ったのは中島らも氏のエッセイ「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」であった。もっともその記憶は消えていたのだが、思い出させてくれたのが平民金子氏による神戸市のサイトに連載されたWEBエッセイ「ごろごろ、神戸3」の第8回の記事だった。この中で保久良神社のことや石灯籠「灘の一つ火」が、かつてこの辺りを通る船の目印となった灯台の役目を担っていたことにも言及している。おそるべし平民金子(笑)ちなみに「沖の舟人 たよりに思う 灘の一つ火 ありがたや」という古謡がある。
もうおわかりですね。小田商店のオリジナル酒”保久良山 灘の一つ火”は小田さん夫妻の地元へのオマージュなのでしょう。

さて、VIPルームに移動することにする。ご主人が用意した炭が赤々と燃えている。いい風情である。この”かんてき”設備はご主人のお友達が7、8年前に製作したもので、ダクトの作りを見ると素人にはできない代物であることは明らか。

炭火には焼き鳥が似合う。ご主人が自ら仕入れた鶏肉に包丁をいれ、串に刺した逸品。しかもご主人が焼いてくれる。角打ちでこのごちそうは至福の極みである。筆者らは取材に忙しく今回は最初に飲んだビールのみ。こんな日もあるさ、ケセラセラ。

常連客の女性に話を聞いた。「お父さんもお母さんも優しくて親切。なかでもこの炭火で焼くアテが最高ですね」と笑顔があふれた。

”保久良山 灘の一つ火”を何度もお代わりしている男性客は「初めて来たときに同じ席になった常連さんに親切にしてもらいました。お父さん、お母さんもだけど、みんな親切で和気あいあいとしていて、また来たくなります」と。

取材日は冬の風が強く寒い日だった。炭火の温りを囲んで酒を酌み交わす光景に角打ちの良さを再発見した。18杯目の榊山商店のところで書いたことを採録する。
~角打ちは人との出会いが待っている。店主や偶然隣り合わせたお客さんとの会話が楽しい。おごりもへつらいも不要で、話すのが楽しいから話すのである。他にも地域との出会いもある。昭和の雰囲気をたっぷり残した店内で、店主に店やその地域の歴史など、よもやま話を聞きながら飲む酒は格別である。~

このVIPルームには”だんじり”のDVDやポスター、グッズ等が置いてある。モニターでDVDを映し出すこともできる。プロ野球シーズンなら阪神タイガースの試合も見ることができる。東灘区の角打ち巡礼の締めくくりとして最高の角打ちに出会えた気がする。

最後の〆に、「ご主人にとって角打ちとは何か」を聞いた。
「本来なら自分から出掛けて行って見たり聞いたりしないといけないのに、お客さんがいろいろな所から情報を持って来てくれます。ありがたい商売やなあと思います」

角打ちながら魚料理にこだわりがあると聞いていたが、この日は魚の仕入れを忘れたそうである。魚を目指してきたお客さん、そしてアテにありつけなかった筆者らも再訪問決定である。

ひとまず東灘区の角打ち巡礼を終え、次回から角打ちの聖地・長田区に移動する。

「小田商店」
神戸市東灘区本山中町2丁目5-27
TEL078-431-0897
営業時間 10:00~23:00(月曜~土曜)12:00~23:00(祝日)
定休日 日曜

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26杯目「かこも」

皆で囲んで楽しく飲む

かつて、「神戸ぶらり下町グルメ決定版」にて、「JR住吉駅前界隈、ラーメン店、カレー屋や魅惑的な立ち飲みが急増中で、平成21(2009)年6月8日に開店した”かこも”もそんな立ち飲み屋のひとつで、お洒落な店構えである。」と紹介してから10年ぶりに店の前に立つ。目の前にバス停があるのでバスを待つ人で行列ができているのはわかる。ところが、午後5時前にかこもの前にも人が並び始めたのには正直驚いた。人気の証と言えようか。

さて、店名の「かこも」の由来を店長の中嶋基晴さんに聞くと「皆で囲んでわいわいがやがやと楽しく」ということだそうだ。午後5時ちょうど、店のスタッフがワンコインサービスの看板を置くのを合図に、行列の常連さんが店に入る。入った順番で奥から詰めるのがルールのようだ。開店から10分経過したところでお客さんの人数を数えてみると若い男女や高齢者らが10人。その数分後には少し高めのカウンター席が満席となる繁盛振りである。

珍しい日本酒や焼酎の取り揃えに加えて、アテが充実している。例えば焼酎では天の刻印、龍宮、泰明、中々、銀の水、久保、兼八と言った具合。アテも、くみあげ豆腐や小芋のポテトサラダからクリームチーズとマグロの酒盗などが100円台から300円台と値段も創業時とあまり変わっていないようだ。

驚きは開店から午後6時半までのワンコインサービスだ。好きな飲み物、しかも銘柄は店に置いてあるものほとんどからチョイスでき、これにアテ三種が付く。原価を割ることもあるのではと心配してしまうが、これも店長中嶋さん流、客の心のつかみ方なのだろう。まずワンコインサービスから始めることにした。酒は生ビール。アテ三種もなかなかの内容だ。

カメラの福田さんが思案の末、日本酒発祥の地といわれる奈良にある今西家の”春鹿純米超辛口”の熱燗に”手羽元と大根の煮物”、”太刀魚と野菜の天ぷら”を追加した。するとスタッフの方が「天ぷらは少し時間がかかります」と丁寧に説明をしてくれた。安心して料理の到着を待つことができる心配りがいい。このスタッフの方、注文を順番に聞いてくれたり、席が空くと詰めてもらうようにしたりと動きがテキパキとして気持ちがいい。

手羽元と大根の煮物はよく煮込んであり、柔らかくて美味しい。天ぷらもうまい。福田さんは「レベルが高い」と唸った。

うまい料理に酒が進む。燗酒が”かんすけ”で提供されたことにいたく感動したのである。木枠の温かみが和やかな雰囲気を醸し出し、錫製のちろりで猪口に注いで飲むのは至福の極みである。さらに新潟県の真野鶴も味わった。

女性客の一人は「酒も料理も安くておいしい」と人気の秘密を明かしてくれた。また「日替わりメニューに当たるといいよ。ハモと松茸の土瓶蒸しは最高でした」と付け加えた。
その隣の男性客も「刺し身がおいしい。たとえ他の店と値段は同じでも鮮度がまったく違う」と絶賛した。いいものを安く提供したいと考える中嶋さんの思いが、見事にお客さんのハートを捉えているのだろう。

最後にいただいた料理はアンコウの肝で、酒は福田さんが黒木本店の芋焼酎”きろく”、筆者はレモンチューハイで〆たのだった。
ほろ酔い気分で周囲を見渡すと、女性客が随分と多いことに気が付く。どの顔にも笑顔があふれ、今宵も住吉の夜は更けてゆく。

大阪の北浜で5年前に”かこも北浜店”が開業していることを付記しておく。

「かこも」
神戸市東灘区住吉宮町4-4-1 KiLaLa住吉南側1階
TEL078-841-5576
営業時間 17:00~24:00(月曜~金曜)16:00~23:00(土曜)
定休日 日曜
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25杯目「さかなでいっぱいプラス」

さかなと女性客がいっぱい

JR住吉駅の南側に魚が美味しい立ち飲み屋があると聞いて出掛けたのが昨日のように思い出される。17年前の平成14(2002)年に開店した店を切り盛りするのは、30年近く魚屋を経営していたオーナーの柳修一さんと若いオネエサンたちだ。
店名は柳さんがお世話になった居酒屋の女将さんが名付け親。「魚がいっぱい(沢山)」と「魚で一杯飲む」等の意味があるそうで、ネタは魚ばっかりの店だった。

初めて訪れたとき「7年前、しっかりした立ち飲み屋はなかったから、飲食系の立ち飲みの走りやったね」と、柳さんは振り返った。当時出版した「神戸ぶらり下町グルメ決定版」に登場していただいた。あれから10年、立ち飲み屋を取り巻く環境もネット環境も随分と変わった。

柳さんの店も2013年11月に住吉駅南の住吉南町から駅北側の住吉本町に移転し、店名の「さかなでいっぱい」に「プラス」を追加した。プラスにはテーブル席のプラス、メニューに鍋料理などをプラスの意味が込められているそうだ。移転後も基本は立ち飲みだった。店の外の看板に「立ち呑み処さかなでいっぱいプラス」が残っているのがその証であろう。

ところが、世の中は立ち飲みがメジャーになってしまい、本来の立ち飲み屋の姿でなくなってしまったという。典型的な住宅地である住吉。店に来られるお客さんの中には、立ち飲みではなく座って飲みたいというグループ客も目立ち始めた。そんな要望で3分の2くらいを立ち飲みにして、残りに椅子を入れた。しかしその後は立ち飲みと座って飲めるテーブル席の比率をめぐるせめぎ合いで、行きつ戻りつの試行錯誤の末に現在の形に落ち着いたと言う。つまり1人なら立ち飲みコーナーへ、グループならテーブル席へという具合である。

前置きが長くなってしまった。お客さんも来店し始めたので立ち飲みのカウンターに席を取った。とりあえずの生ビールで乾杯である。アテは”さかなでいっぱい”だから迷わず”おまかせ刺し身4種盛合せ”(580円)を注文した。福田さんが注文したカキなど4種入ったものも届いた。刺し身は大きく分厚く、プリプリ感も半端ない。値段も”さばきずし”(280円)、”キハダまぐろ刺し身”(380円)といった具合に200~300円台と安い。元魚屋としての誇りに違いない。

壁に目をやると、お店からのお願いが貼ってある。曰く、「お1人様ドリンク2杯以上のご注文をお願い致します」「混雑時は2時間以内でお願い致します」と。ごく当たり前のマナーと思えるが、昨今はSNSが普及して、どこの店でも料理の写真を撮ってネットに投稿するお客さんが少なくない。こうなると酒類をほとんど注文しないお客さんも当然のことながら増える。

酒のための料理、あるいは料理のための酒かも知れないが、酒と料理はバランスよく注文したいものである。ちなみに酒類は珍しい焼酎や季節ごとの地酒がある。ボトルキープもでき、名前を存じている蕎麦打ち名人でもある大学の先生の名前を見つけ、親近感を覚えたものだ。

生ビールが無くなったので角ハイボールと”たこ天ぷら”を追加した。天ぷらは自分で揚げるのは油の処理に困るし、高齢者には危険である。やはり店で食べる天ぷらは旨い。
そうこうしていると立ち飲みカウンター席も男女の別なく人が増え賑やかになってきた。立ち飲みの気安さでお隣の方に話を聞いてみると、こういう場所でなければ出会うことのない能楽師の方だった。能楽師と聞いて、近くにある凱風館の館長で思想家の内田樹さんの奥様もそうだったことを思い出した。そんな話もできたのは”袖振り合うも多生の縁”かと思う。

ただ昨今はSNSの影響により、店で隣り合ったご縁で友達になるケースが減り、店を飛び越えてSNSで知り合うことが多くなっていると聞く。どういうことになるかと言うと、あの人が来る店だからとリピートするのではなく、SNSで情報交換してあちこちと渡り歩くのである。ここと決めた店2、3軒に通ってもらいたいものだ。それが店の存続につながるはずだ。

カウンターからテーブル席を眺めると、若い男女7、8人のグループが集っていた。グループだと特典もあるそうだ。例えば土、日、祝限定で一人3300円以上の飲食で5%引き、さらにキャッシュレス支払いなら5%還元である。グループでなくとも火、木は3杯以上の注文で生ビール、焼酎、チューハイが何杯飲んでも100円引きである。なんともうれしいサービスであるが、みんなもっと酒を楽しもうという店主からのエールだと思う。

魚のことも書いておこう。活きのいい魚の仕入れ先は神戸市中央卸売市場だが、仕入れ具合によってその日のオススメメニューが決まるそうだ。メニューを見ながら注文していたが「毎日来られるお客さんもいるので、LINEで本日のオススメ情報を流しています」と柳さんがスマホの画面を見せてくれた。筆者はスマホが壊れてからガラケーしか持たないのだが、情報弱者であると思い知らされる。やはりスマホは持ったほうがいいのだろうか。

そんなことを思いながら日本酒も飲みたいなあと菊正宗の熱燗と鯖の箱寿司をもらった。気が合ったのかカメラの福田さんも菊正宗をチョイス。酒は利き酒に使う正一合のぐい呑みで出してくれたので一層味わい深かった。おいしい魚と酒、酔い夜を過ごすことができた。

最後に柳さんに一言をお願いしたら「肩肘張らず、店に合わせて楽しんでもらいたい」とのことである。
お読みいただきました皆様、一人でもグループでも、魚が美味しい”さかなでいっぱいプラス”にぜひ。そして気に入ればご贔屓に!

「さかなでいっぱいプラス」
神戸市東灘区住吉本町2-17-2
TEL078-854-3718
営業時間 17:00~23:30
定休日 無休

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24杯目「立ち呑み処まる」

元魚屋の店主が営む、魚が安くてうまい立ち飲み

神戸角打ち巡礼は今回で24杯目になります。順調に進んでいるように見える巡礼ですが、住宅地である東灘区に入ってから、その困難さが目立ってきました。「神戸立ち呑み八十八カ所巡礼」を出版してから11年、この間の酒屋を取り巻く環境の変化と店主やお客さんの高齢化が一層進んだということを思い知らされる日々であります。

どういうことかと言いますと、住宅地に多く見られるアテが乾き物か缶詰主体の角打ちには、ほとんどお客さんが来なくなりました。例えば魚崎の大木酒店や阪神住吉のアワノ商店が該当します。また青木の永田屋のように面識のある店主が亡くなり代替わりした店も取材そのものが難しくなっています。筆者とカメラの福田さんが、元気なら100店を目指そうと思っているところに暗雲が垂れ込め始めています。

悩んでいると、このコラムの読者であり、阪神電車公認パートナーブロガーである”ぱぱりんさん”から「阪神住吉駅前に元魚屋の店主が営む、ええ立ち飲み(*)がある」と教えていただき、今回の訪問となりました。有難いことで、渡りに舟とは、このようなことをいうのでしょう。

前置きが長くなりました。この「立ち呑み処まる」ですが、筆者が神戸ぶらり下町グルメでお食事処ことぶきを取材していた10年以上も前に発見して気になる存在ではありました。

現在、まるを経営する元魚屋の窪田雄大さんに話を聞きました。「18年ほどこの店を経営していた先代から、店を継いでくれないかと打診されたのです。でも50代になってからの飲食店経営なので不安はありました」と経緯を説明してくれました。店を引き継ぎ2018年12月18日に開店、ほぼ1年が経ちました。

窪田さんが店で提供する日本酒や定番メニューは先代のものをほぼ踏襲し、これに加えて元魚屋として仕入れルートがある魚メニューを充実させている。酒は白鶴と菊正宗のそれぞれのブランドに、ビールと焼酎その他チューハイやハイボールもある。気になる魚料理は本日のオススメに書いてあるが、刺身盛り合わせ6種、活けタコ3種盛りが480円とお値打ちだ。鳥取産松葉カニボイルハーフ2,400円と、立ち飲みなのかと疑うようなものもある。

ぱぱりんさんの友達も揃ったところでサッポロ赤星で乾杯。大ビンは500円とうれしい価格です。料理は本日のオススメから、まず刺身盛り合わせ6種をもらった。次いで活けタコ3種盛を追加した。ビールも進む。さらに播州産カキフライ450円とビールも追加しました。他にも注文しましたが失念しました。

ビールばかりお代わりしていたのですが、日本酒好きの福田さんが白鶴まるを注文した。この店の名前にもなっている”まる”(白鶴まるとは無関係と聞いたが)を初めて飲んだ福田さんは「昔の日本酒の味がする」と。

店主の窪田さんは言う。「元魚屋なので魚の目利きはあるし仕入れルートも確立している。でも料理人ではない」。料理に一抹の不安があるかのように語っていたが、この日味わったカキフライや出し巻き玉子はおいしかった。冬に欠かせないおでんもうまそうだった。料理が良いのに日本酒が2銘柄しかないのはもったいない。もうちょっと増やして欲しいと願う常連さんもおられるのではないだろうか。

店内はテーブルが2つにカウンターが3ヶ所あります。午後5時に開店しますが仕事帰りのサラリーマンですぐいっぱいになるようだ。先代の店では土曜定休にしていたが、それはもったいないと土曜日も午後5時から開けるようにしたそうである。

取材時は30分早めに開けていただいた。ところが我々より先に店に入るお客さんの姿を目撃してしまった。この日は30分早くから開くとどこかで知ったのかと思ったのだが、そうでもないようだ。このお客さん、開店を一刻も早くと待っていたのかも知れない。人気の証である。

窪田さんからはご苦労も聞きましたが割愛させていただき、お客様へのメッセージを最後にお伝えします。
「元魚屋としてお安く提供しお客さんに喜んでいただいてます。来店されたお客さんが他の人を紹介してくださるし、店に来られる客筋が良くてトラブルもありません。わずか1年の経験ですが、ありがたくて、うれしいですよ」と。この言葉の中に、元魚屋としての矜持がよく表れている。魚好きな方はぜひ足を運んでください。

なお、”まる”の隣で予約のみの魚屋、魚処将丸も営んでいることを付記しておきます。

(*)筆者注
「酒屋の一角で酒を飲む」と言うのが本来の角打ちの定義ですが、前にも説明したように、今回の「神戸角打ち巡礼」ではゆるく関西で言うところの立ち飲みも含めます。

「立ち呑み処まる」
神戸市東灘区住吉宮町1丁目6-11
TEL078-811-5517
営業時間 17:00~22:00
定休日 日曜、祝日

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23杯目「松屋酒店」

店主は元フレンチのシェフ

濱田屋から東へしばらく歩くと覚浄寺交差点に差し掛かる。長い間気がつかなかったのが不思議だが、魚崎郷を示す立派なモニュメントが見える。なんと筆者の知人である女性デザイナーの手によるものと、最近になってわかったのだが、平成10(1998)年7月に設置されたものだ。

銘板には「魚崎まちなみ委員会」の名前で”このまち”に誇りを持って次代に引き継げるよう魚崎郷地区・景観形成市民協定締結の意義について書かれている。歴史ある酒蔵の町と住宅地である”わが町”への愛があふれているモニュメントだ。

さて覚浄寺交差点の信号を北に渡ると松屋酒店が目の前に現れる。昭和45(1970)年の創業で、二代目店主の澤田真琴さんが震災後に父親から受け継いだ。店内の様子は「神戸立ち呑み八十八カ所巡礼」取材時のままのようだが、釣りを楽しむ店主の写真や日本地図は増えたメニューに取って代わられたようだ。

今回は開店と同時に店に入ったので、まだ他のお客さんの姿はなく、面白い話が聞けた。なんと松屋が創業した日に来店した方が、ご高齢になった現在も毎日来られるそうだ。ほどなく48年も通う常連さんが現れた。ご近所にお住まいでうまい酒と料理が迎えてくれる店があれば自然とそうなったのだろう。
「店主がこんなに小さかった頃から見守ってますねん」とご常連さんは目を細めた。
まず小ビールで喉を潤し、日本酒2杯と料理で〆るのを日課とされている。松屋酒店の良さを語る上でこれ以上の話はあるまい。

久しぶりに澤田さんとの会話を楽しみながら、まず人気の瓶ビール赤星をもらった。アテは目の前に見える”里いもと手羽元の煮物”この季節では珍しい”竹の子”をチョイス。外は寒いけれど冷たいビールが喉を通るときの心地良さは格別だ。

創業以来通う常連さんが入店してから続々と仕事帰りらしいお客さんが来られ、あっと言う間に満員になり、店は一段と賑わいを見せた。

酒屋だから酒は売るほどにあり、壁におすすめの酒が書いてある。灘の酒はもちろんだが、地方の銘酒も置いている。一例を挙げると道灌純米一つ火、道灌絞りたて生酒、道灌特別純米無濾過生原酒、道灌純米灘の生一本、道灌活性にごり酒、雪彦山純米生原酒、桜正宗純米焼稀と言った具合だ。そこで、筆者は道灌の純米酒、カメラの福田さんが”にごり酒”を注文すると、酒器に入った酒とガラス製の猪口が出された。ガラス製の猪口は涼しげで、いい味わいの冷酒だ。

松屋酒店のもっとも松屋らしいのは、フランス料理出身の店主の造るアテだろう。ある日のホワイトボードには、釣り好き店主自ら釣ってきた淡路は岩屋沖の天然真鯛の造り、本マグロ幼魚のタタキ、毛ガニ、イタヤ貝柱などの魚貝類、荒びきソーセージ、若鶏ハート串焼き、宇和島じゃこ天があるかと思えば、意外なことにトコロテンがあったりする。

「毎日来られるお客さんが多いので、料理は2日に1回は変えるようにしています」と店主澤田さんは事も無げに話す。料理とお客さんへの愛が感じられる言葉である。

この日は徳島産天然カンパチの造り、生ホタテ貝柱造り、サワラの自家製スモーク、カキの湯引き等があったので、カンパチ造りを注文した。さらにカキの湯引きを追加。日本酒も追加(筆者は奥丹波純米、福田さんは雪彦山純米酒か)したが記憶があやしくなっているので間違いがあるかも。

新鮮な素材を使って、注文を聞いてから料理するとなればうまいに決まっている。これらのアテとおいしい酒を求めて連日、仕事帰りの常連さんでダーク状態の人気店である。常連さんの中には、剣菱や桜正宗などの蔵元の杜氏の方がおられたりするのは、灘五郷・御影郷のお膝元たる所以だろう。

松屋酒店は立ち飲みだけではなく、店の奥に座敷があり4名以上でコース料理が楽しめる。立ち飲みとは違った料理を楽しめるのも人気の秘密。取材した日も、予約客がカウンター横の通路から奥座敷へ吸い込まれていった。気になる予約状況は残念ながら半年以上先まで詰まっているとのこと。

最後に澤田さんから「いいお客様ばかりで、和気あいあいとして、ありがたいです」とメッセージをいただいた。いい店主といいお客さん、このコラムを読んでくれたあなたもぜひ松屋酒店に足を運んでみてください。何かいい事があるかも知れない。

かつて、ある常連さんが松屋酒店、大木酒店、濱田屋の3店を「魚崎のトライアングル立ち飲み」と呼んでいた。時は過ぎ、大木酒店の現在を記しておく。店主は87歳になった。今も仕事帰りの時間帯だけ店を開けているが「いつ止めるかもわからん」とのことである。

「松屋酒店」
神戸市東灘区魚崎南町8丁目1-17
TEL078-441-4820
営業時間
17:00~22:00
ラストオーダー21:45
定休日 日曜

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