33杯目「飯田酒店」

こだわりの酒とアテ

下町の情景が色濃く残る長田区苅藻通に、大正7、8(1918、1919)年頃(*)に創業した飯田酒店はある。神戸でも一、二ではないかと思われる桜正宗と忠勇の立派な木製の看板が目を惹く。

JR新長田駅前からは距離があるがどんどん東へ進み、新湊川を越えて南に下る。市営地下鉄海岸線なら苅藻駅で下車して北へ200メートル、更に西へ100メートルほど入ったところにある。いずれも三ツ星ベルトの広告塔が目印だ。この広告塔は耐震補強をしたものの老朽化が避けられず、今年(2020年)の5月にも解体・撤去される運命にある。また一つ神戸から時代の証人が消えていく。なんとか残せないものか。

飯田酒店の前に立つ。表からは老舗の酒屋さんにしか見えないが、奥に入ると立ち飲みコーナーがある。カウンターといくつかテーブルもある。三代目ご主人の飯田純司さんが奥様のしおりさんと二人で店を切り盛りする。

創業100年を超える店内は、球形の和紙で包まれた照明がやわらかい光と影が織りなすレトロ感が充満している。アテを並べたカウンターの台は、銘酒龍正宗のレリーフのある珍しいもの。そのカウンター前でご主人がせっせと鯨のコロを串に刺していた。

近所の常連さん、三ツ星ベルトやミヨシ油脂など近くの企業に勤務されている方が会社帰りに立ち寄る。和気あいあいとした雰囲気の中で、ちょっと一杯という感じの立ち飲み処である。居合わせたお客さんに聞いたところ、ほぼ毎日来るそうだ。

あちこちの酒屋で探しても目にすることのない桜正宗が看板酒の飯田酒店。日本酒好きにはたまらない遭遇となることだろう。
アテはご主人が”うちのシェフ”と呼んでいる奥様の手作りだ。日替わりかと問うと「シェフのその日の気分次第で何が出てくるかわかりません。5時の開店時に揃ってなくて途中から出てくるのもありますよ」という。これは常連客にとって、楽しみは残しておくということか。

「本日のおすすめ」のところに札が掛けてある。ちなみに取材日のおすすめを列記すると、豚そばモダン、まぐろ、とんかつ、手羽元、かにたま、せせり入ほうれん草おひたし、たこやき、かす汁といった具合で、カウンター上のものは含まれいない。

サッポロビールの赤星とポテトサラダをもらって乾杯だ。桜正宗と刻印された200cc入るコップにビールを注ぐ。ポテトサラダは具が多くて美味しい。

少し遅れてやってきた友人は、筆者らが後で注文しようと思っていた鯨のコロとアキレス腱をいきなり注文した。筆者は好きなものは後に残しておくのだが、みなさまはどちらだろうか(笑)

ビールが空になったので上撰桜正宗と鶏のから揚げを追加した。飯田さんは「店主の気まぐれで開ける地酒や焼酎など、レアなものを置いています。また揚物は注文を聞いてから揚げます」と酒にもアテにもこだわりをみせる。

墨で手書きした日本酒メニューには岩手県あさ開純米新酒生原酒(令和元年新米仕込)、神戸魚崎郷桜正宗宮水の華(特別純米)、神戸酒心館福寿純米吟醸(ノーベル賞授賞式晩餐会使用酒)と()内は朱書きしてある。別に本日のおすすめの酒もある。上撰桜正宗がまさにそうで、1杯200ccがなんと250円だった。

常連客にはビールや焼酎のロックと水割りがよく出るようで、ウイスキーは少ないという。アテはおでんがメインだが、だしがよく効いた関東煮のイメージのもの。実際、飯田酒店のFacebookを見ると昨年10月のある日の記事に「#角打ち #立ち飲み #おでん #関東炊き はじめました」とある。

1杯目の桜正宗は常温だったので熱燗を追加し、友人に先を越されたコロとアキレス腱をもらった。うまい酒とコロ、至福の一瞬だが、日本酒2杯は効きすぎてほろ酔いどころではない。カメラの福田さんが、じゃこ天も注文した気がするなあ。

最後に、ご主人の姿が見えないので奥様にとって角打ちとは何かを聞いた。「仕事のひとつですが、楽しい空間です」。そして「せっかくなので違う職場の人と飲んで、交流してもらえるといいですね」とも。

三ツ星ベルトの広告塔の見納めも兼ねて創業100年を超える角打ちをぜひ体験していただきたい。

「筆者注」(*)拙書「神戸ぶらり下町グルメ決定版」にて、「昭和七、八年頃に創業」とあるのは誤りで、「現在地で営業を始めたのが昭和七、八年頃」が正しく、お詫びして訂正します。

「飯田酒店」
神戸市長田区苅藻通4-3-1
TEL078-671-5910
営業時間
17:00~21:00(角打ち)
9:30~21:00(酒屋)
定休日 日曜

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