34杯目「鮒田酒店」

酒のアテは何気ない日常の会話

新長田の駒ケ林に水曜日だけ開ける喫茶店、初駒がある。ここで和田岬のメゾンムラタのパンを使ったサンドイッチとおいしいコーヒーを味わった後、北に進む。JR新長田駅を越えて西代方面に歩くとやがて鮒田酒店の前に至る。最近発見したこのコースがお気に入りである。現在、初駒は週に数回開いているようなのだが。

鮒田酒店は立ち飲みの看板こそ出していないが、朝から飲める角打ちをやっている。喫茶店で軽めの食事をして昼酒を味わう至福の時間ということになる。店に入るとすでに数人の客がいる。

営業は朝10時から夜の8時ころまでとのことで、入口の左手にある大型冷蔵庫にワインや焼酎をキープしている常連さんが多いようだ。一方、アテは乾き物かチーズやソーセージとなる。おいしいアテが揃っている飲食店系に近い立ち飲みではなく、ご近所の常連さんで成り立っている本来の正統な角打ちと言える。

筆者と鮒田酒店との出会いは10数年前のことで、飲み友達が発見して様子を教えてくれた。ある日の午後7時ころ入ることができた。当時の備忘録に「この店の常連さんも優しい人たちで、場所を空けてくれてほっとする。 新開地に詳しい常連さんが世界長、吉美屋、八喜為、赤ひげなどの飲み処を話題にして、初めての者にも声を掛けてくれたのは正直うれしいものがある」と記していた。

まずはカマンベールチーズをアテにアサヒビールで乾杯しながら、女将の宮田衣代さんに話を聞いた。
-創業はいつごろでしょうか。
「先代が昭和13年の阪神大水害のことを知っていると話していたから、昭和の初めころでしょうか。80年は経っていると思います」
-阪神淡路大震災では大丈夫でしたか。
「この町内で8人が亡くなられました。家屋も壊れ、建て直しました」

長田区は多くの報道で知られるように阪神淡路大地震で甚大な被害があったところである。表面的には復興したように見える街であるが、まだまだ途上というのが区民の正直な気持ちではないだろうか。当時「誰かに話したい、聞いてもらいたい人がたくさんいた」とよく耳にする。その役割を担ったものの一つが角打ちではなかっただろうか。

-夜勤明けで飲みにこられる方もおられますか。
「今はそういう方はおられませんが、早い時間帯は現役をリタイヤされた方、夕方からは仕事帰りの方が寄られます。一日に何回も来店するお客さんもいます」
酒屋を取り巻く環境も時代も変わってきている証なのでしょう。

今回、お店に入ったのは午後4時半だったが、5時を回るとだんだんとお客さんが増え、10人程度が立てるL字型のカウンターもダーク状態になってきた。

お客さんにも話を聞いてみよう。筆者は10年以上前から時々寄っているので顔なじみのお客さんもいる。板宿にある肉するめで有名な飲み処「ちょこっと」でもお見掛けする常連さんは「女将さんが良い人で明日の活力を求めて店に来ますよ。もうちょっとしたら店のガラス戸から金星が見えるね」とつぶやいた。

また別の常連さんは「現役のころは和田岬の会社に勤めていましてね。木下酒店には通いましたよ。退職してからは家に近い鮒田酒店に毎日来ますし、六間道へも行きます」と、角打ちを楽しんでいるようだ。

いま流行のおしゃれ系の角打ちはアテの多さが売りだが、ここ鮒田酒店では出会った人との会話が酒のアテになる。ほとんどが一人で来店されるが、静かに飲むのも店主を交え地域の歴史などよもやま話を聞くのも楽しい。

ビールが空になったのでカメラの福田さんは日本酒の熱燗を注文。すると女将さんは一杯ずつ温める電気式の酒かん器を取り出して、一升瓶から酒(白鶴だったかなあ)を注ぎ始めた。酒かん器の電気コードがまた懐かしい。本来のコードが駄目になり、電気こたつ用のコードを代用しているそうだ。味は聞くまでもなくうまかったに違いない。

筆者は焼酎ハイボールとこの店でよく注文する「あたり前田のクラッカー」に切り替えた。あるとき「アテ」が納品される場面に遭遇した。鮒田酒店と取引があるのは遠く高砂のヨコカワと知った。酒屋や駄菓子屋が減って需要が減っているそうだが、通信販売(https://www.yokochan.co.jp/)もされているので家での晩酌や行楽のお供にいかがだろうか。

筆者が「あたり前田のクラッカー」を注文すると、周りから今は亡き役者の藤田まことさんの名前や白木みのるさん、芦屋小雁さんらの名前が挙がった。これらの名前、分かる人には分かる(笑)。これだから角打ちは楽しい。

気が付くと、ウィスキー水割りや焼酎も追加して長い時を過ごしたようだ。初めて訪れたときには他店の情報にも話が及び「あの店は家庭的でいいよ」などと教えてくれた。地域の異業種交流の場での楽しい会話はすばらしいアテになるのだが、まさしく鮒田酒店に集う常連さんと女将さんの場合が当てはまる。

酔いがまわり、常連さんが教えてくれた「金星が見えるよ」をすっかり忘れてしまった。この日は金星が月と接近すると新聞で見ていたのに、夜空を見上げなかったのが心残りである。近いうちにまた寄りましょう。

「鮒田酒店」
神戸市長田区西代通1-5-7
TEL078-621-1407
営業時間 10:00~20:00
定休日 日曜

This entry was posted in 巡礼. Bookmark the permalink.