30杯目「ためがね酒店」

美酒桜正宗と手造りのアテが旨い

JR新長田駅前からタンク筋に沿って南へ、国道2号を越えてお好み焼き「みずはら」のちょっと先に「ためがね酒店」はある。
店主の為金潤二さんが長らく酒屋に勤務した後の平成5(1993)年1月に開業し、以来奥さんと二人で店を切り盛りする。今年で28年目になる。

今回の訪問で拙著「神戸立ち呑み八十八カ所巡礼」でたいへんな間違いをしていたことが判明したのだった。「熱狂的な阪神タイガースファンの奥さんと二人で店を切り盛りする」と紹介していたのであるが、なんと阪神タイガースファンだったのはご主人の潤二さんの方。本を見て来店したお客さんが、プロ野球のことをご存じない奥さんに話題を振ることが何度かあったようだ。申し訳ない。12年ぶりにお詫びと訂正をさせていただく。

さて、長田の酒屋は住宅地にあるのと店名に個人名を使っている店が多いのが特徴で、付近にはお年寄りが多く暮らしているため、酒や米の配達も結構あり忙しい毎日である。
最初の店は別の場所にあったが、震災の被害を受け二葉町の今の場所に移転してきた。店はカウンターとテーブルが2台で、それぞれ椅子を置いている。当初から椅子を入れる考えで店を造ったそうだ。

カウンターや冷蔵ケースには奥さん手造りの旨そうなアテが並ぶ。まずはビールで乾杯してカウンターにあるエイのヒレをもらった。冬とは言え、冷えたビールが喉を通るときの感触は酔いものだ。

以前来た時には熱燗と蒸し豚をもらった。酒は大阪府小売酒販組合連合会のコップで広島の賀茂鶴が出た。おお、なんと酒の見識がある店だ。こういう見識を持つのは、ご主人の長い修行の結果かも知れないなどと、勝手に思ったものだ。
日本酒であるが賀茂鶴から桜正宗に代わっていた。地元にも美味しい酒があることに気付いて2年前から取り扱っているそうだ。この桜正宗、角打ちではほとんど見かけることがない貴重なものだ。

ビールが空になったので、桜正宗の本醸造からくちを筆者は熱燗、カメラの福田さんは常温でもらった。熱燗は1個しか残っていない大阪府小売酒販組合のコップに入れてもらった。森下酒店のところで述べたように、蔵元等の文字が刻印されたコップは手に入れるのがますます困難になっている。機会があれば、迷わず入手して欲しい。

日本酒にはこの季節、”おでん”が似合うが、ためがね酒店の鍋には”関東煮(かんとだき)”と大きく書いた紙が貼ってあった。コンビニのセブンイレブンが”おでん”を取り扱い始めて約40年になる。”関東煮”で思い出すのは大阪のたこ梅だ。作家の開高健はここの”さえずり(ヒゲクジラの舌)”を好んだことで有名である。

一方、”関東煮”に対して”かんさいだき”をうたうのがやはり大阪の常夜燈である。名付けたのは、かの名優・森繁久彌である。いずれにせよ”おでん”は奥が深いようだが、”関東煮”はもう死語なのか、ほとんど聞くことがない。久しぶりに見た文字になぜか安らぎを覚えたのだった。

店に入った午後4時すぎ、初めての来店というカップルと筆者らだけだったが、5時を過ぎると仕事帰りのお客さんでいつの間にか埋まってしまった。

昨年の秋、道路を隔てた向かいで兵庫県と神戸市の合同庁舎が業務を開始した。そこで店主の為金さんに聞いてみた。「おかげさまで庁舎にお勤めの方も来店くださいます」と再開発の効果が出ていることを実感されているようでうれしい。庁舎にお勤めの方は、それとなくわかるそうで、これはこれですごいことである。

ご主人との会話も楽しく、チューハイ、焼酎、ハイボール、焼き鳥などを追加したと思うがすでに記憶の外である。関西テレビの番組「よ~いドン!」に「となりの人間国宝さん」というコーナーがあり、お好み焼き屋や銭湯に置いてある兵庫鉱泉所(神戸市長田区)の”アップル”という飲み物が、角打ちでも飲めると取り上げられたことがあった。そのことを思い出して最後に注文してみた。

アップルというネーミングだがリンゴの味はしない。しいて言えば、”みかん”のような味だろうか。もともとは”みかん水”と言っていたそうで、王冠中央に「無果汁」と大きく表記されている。何はともあれ、アップルを地域資源として町の賑わいに活用しようと地元自治会とともに為金さんも力を入れている。

最後に店主の為金さんにとって角打ちとは何かを聞いた。「昭和の置き土産として、これからも続いて欲しい場所」と話した。そして「戦前の文化を残したい」とも。筆者らが神戸角打ち巡礼を始めたいきさつとも合致し、心強い声援をもらった気がする。

「ためがね酒店」
神戸市長田区二葉町4丁目6-9
TEL078-611-0612
営業時間 9:00~20:00
定休日 日曜

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