32杯目「永井酒店」

うまいアテと、よきお客さん

新長田の六間道と本町筋商店街が交差する辺りを少し南に下ると永井酒店はある。初めて訪問したのは5年前の夏の日曜日だった。長田でも日曜日に閉めている飲み屋は多いのだが、当時の永井酒店は朝9時から開いていた。

下町の店なので店先に置かれた自転車が目に付いた。店の存在はかねて耳に入ってきていたし、お好み焼きハルナにビールを持ち込むときはこの店の自販機で買っていたので躊躇することなく入れた。初めての店はシステムがよくわからない一面があるが心配は無用だった。

瓶ビールは店の方が出してくれるが、壁際にある冷蔵庫に入っているアテや缶ビール、日本酒は自分で取って店の方に申告するシステムだ。知らないことは常連さんに聞けば親切に教えてくれる、楽しいひとときだった。ナガイ米穀店の看板もあり、店で精米した”おにぎり”が格別うまかった。

そんな思い出の永井酒店に5年ぶりに訪問して、現在の店主である大嶋栄子さんに話を聞いた。
-創業はいつごろでしょうか。
「生まれる前のことは詳しく知らないですけれど三代目になります」
-そうすると昭和の初めころの創業でしょうか。歴史がありますね。
 「今は酒の配達も米の販売も止めて、昼から立ち飲みだけやっています」

店の外観は立派で「清酒日本盛 永井酒店」と「水晶米神戸六甲味じまん取扱店 ナガイ米穀店」の看板が掛かっている。店内には手作りのアテが並べられたカウンターの他、小さめのテーブルが3卓ある。テーブルの一つは役目を終えた冷蔵ケースでモノを大事に使っている様子が伺える。

入店したのは午後4時半だがすでに満席に近い状態で、空いていたテーブルの一つに席を取った。まずは麒麟ビールで乾杯だ。アテには筆者はあの”おにぎり”、カメラの福田さんは”すき焼き風の煮込み”、友人は”ポテサラ”を選んだ。その後、次々と仕事帰りのお客さんが増えていき、ちょっとしたダーク状態である。

お客さんから話を聞くタイミングがなかなか来ない。焦る。福田さんが写真を撮っているのをニコニコしながら眺めているお客さんがいたので、チャンスとばかり話し掛けてみる。「こちらの方がよく知ってるよ」と振ってくれたのでグループで来られた方に聞いてみた。

-永井酒店の魅力は?
「ここは来られるお客さんが良いですね。ご夫婦や若いカップルでも来られますよ」
-2年ほど前に一時閉店していたことがありますが、困りませんでしたか。
「あの時は困りました。ためがね酒店や大原酒店に避難しましたが再開してうれしいです」
-ためがね酒店のご主人は、ここで修行されたそうですよ。

取材の日はグループで来られたお客さんが多かった。その中には普通に女性客が混じっており、1人で来られた方はカウンターで飲んでいたようだ。5時半にはほぼ満杯状態となり、よく繁盛しているものだと感心する。

ビールが空になったので髭のウイスキー、ブラックニッカ水割りを冷蔵庫から取って店の方に自己申告する。すると氷がたっぷり入ったグラスを2つ運んでくれた。ありがたいシステムだ。カウンターに並んでいる手作りのアテから”かき揚げ”を追加。

そしてこの冬初めての”かす汁”が体を温めてくれた。酒粕は看板にあった日本盛だろうかと頭を悩ませたが、そんなことはどうでも良くて「うまかったらええ」という焼き鳥一平(*)の親父さんの声が聞こえた気がした。福田さんは焼酎の水割りも注文したようだった。酒屋だから酒は売るほどにある。加えてうまいアテが豊富にあるのが人気の秘訣と言えようか。

最後に店主の大嶋さんにとって角打ちとはどういう存在かを聞いた。「2年前に店を閉めましたが、暇で退屈でした。何もしないと頭もぼけるでしょ。それで2カ月後に再開したんです」と。常連さんからの後押しで復活したのかと思ったのだが、そうではなかった。大嶋さんにとって角打ちとは健康と活力の源なのかもしれない。常連さんと自身のためにも長く続けて欲しい。

「筆者注」
(*)一平は、かつてJR元町駅高架下にあった焼き鳥屋。地元新聞の記者が”たれ”の材料を聞いたときの答えが、旨かったらええであった。

「永井酒店」
神戸市長田区庄田町2丁目4-11
TEL078-611-0860
営業時間 13:00~20:00
定休日 水曜

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