4杯目「菊地酒店」

路上立ち飲みで賑わう

大企業の城下町には角打ちがあると相場が決まっている。川崎重工で言えば川崎本通のヤスダヤか稲荷市場の石田酒店が相当するとばかり思っていたら、東川崎町に2軒存在することが判明したのが一昔前のこと。ヤスダヤも石田酒店も、今はもうない。

まず菊地酒店を訪れてみた。すぐ近くには「横溝正史生誕の地記念碑」が立つが、幹線道路からは見えない路地裏に店はある。灘の樫本酒店が店を畳んだ今、神戸で一番の大箱ではないかと思われる規模である。

三代目店主の菊地芳弘さんによれば、東川崎町内で戦前から酒店をやっていたそうで、戦後すぐに現在地に移転して現在に至るという。震災の数年前に建て直した店内はL字と直線のカウンターがあり40人は十分立てるスペース。川重の終業とともに店はすぐいっぱいになり、軒先や路上にも長机があって路上立ち飲みの光景に出会ったこともあった。

時は過ぎ、神戸の会社や商店を取り巻く環境も様変わりした。菊地酒店でも近所からうるさいと言われたこともあり、店の西側の個人宅が売りに出た際に買い取って、客席を広げた。これで名実ともに神戸一広い角打ちは間違いない。
菊地酒店のお客さんも5時丁度から少し回ったころに来店となったが、菊地さんは「お帰り」と優しく家族のように迎える。

これだけの大箱の店ともなれば、飲んだ後の勘定も困難、というわけで関東の店によくある前金制(キャッシュオンデリバリー)となっているのが極めて合理的と言える。
店内のカウンター上には奥様手作りのアテが豊富に置いてあり、好きな酒と旨そうなアテを選んで都度支払を済ませてカウンターの空いている所で飲めばいい。店の西にできた別棟ならテーブルと椅子もある。

ちなみにビール大ビン440円、日本酒280円(半分150円、但し二杯目以降から)、焼酎250円~、ニッカ水割り(ビン入り)300円と毎日寄っても懐に優しい価格である。
壁に目をやれば、兵庫県の地図や日本地図が貼ってある。この地図を指してお客さんの故郷の話に繋がるのかも知れない。

今回はビール大ビンと立ち飲みの定番であるポテサラと卯の花をもらった。さらに「神戸角打ち巡礼」で初めて日本酒も注文した。播州姫路の銘酒龍力の純米酒である。

さて、お客さんのほとんどは川重やその取引先の方だと容易に想像できるが、さっと飲んで帰るのが正しい使い方のようで、店の営業は午後五時から八時までと比較的いや、かなり短い。
この仕事をやっていて良かったことを聞いてみると「お客さんとお話をすることができ、ボケ防止になります。また、わからないことも教えてもらえます」と。客の立場でも店主さんや偶然隣り合わせたお客さんとの会話が楽しい。地域の歴史なども勉強できる夜の図書館と言えないこともない。

菊地さんにとって角打ちとは、の質問に「小さいときから酒屋の風景を見ています。中学生くらいからコップを運んだりして店を手伝っていました。ごく当たり前の日常でした」。筆者らにとって慣れないうちは非日常だった酒屋の立ち飲み、それが日常だった菊地さん。奥が深い。
そして仕事場の近くに、酒が安く飲めて美味しいアテが充実している立ち飲みがあるとなれば、まっすぐ帰るわけには行かないなあ。

「菊地酒店」
神戸市中央区東川崎町5丁目8-4
TEL 078-671-3829
営業時間 17:00~20:00
定休日 土曜、日曜、祝日

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