23杯目「松屋酒店」

店主は元フレンチのシェフ

濱田屋から東へしばらく歩くと覚浄寺交差点に差し掛かる。長い間気がつかなかったのが不思議だが、魚崎郷を示す立派なモニュメントが見える。なんと筆者の知人である女性デザイナーの手によるものと、最近になってわかったのだが、平成10(1998)年7月に設置されたものだ。

銘板には「魚崎まちなみ委員会」の名前で”このまち”に誇りを持って次代に引き継げるよう魚崎郷地区・景観形成市民協定締結の意義について書かれている。歴史ある酒蔵の町と住宅地である”わが町”への愛があふれているモニュメントだ。

さて覚浄寺交差点の信号を北に渡ると松屋酒店が目の前に現れる。昭和45(1970)年の創業で、二代目店主の澤田真琴さんが震災後に父親から受け継いだ。店内の様子は「神戸立ち呑み八十八カ所巡礼」取材時のままのようだが、釣りを楽しむ店主の写真や日本地図は増えたメニューに取って代わられたようだ。

今回は開店と同時に店に入ったので、まだ他のお客さんの姿はなく、面白い話が聞けた。なんと松屋が創業した日に来店した方が、ご高齢になった現在も毎日来られるそうだ。ほどなく48年も通う常連さんが現れた。ご近所にお住まいでうまい酒と料理が迎えてくれる店があれば自然とそうなったのだろう。
「店主がこんなに小さかった頃から見守ってますねん」とご常連さんは目を細めた。
まず小ビールで喉を潤し、日本酒2杯と料理で〆るのを日課とされている。松屋酒店の良さを語る上でこれ以上の話はあるまい。

久しぶりに澤田さんとの会話を楽しみながら、まず人気の瓶ビール赤星をもらった。アテは目の前に見える”里いもと手羽元の煮物”この季節では珍しい”竹の子”をチョイス。外は寒いけれど冷たいビールが喉を通るときの心地良さは格別だ。

創業以来通う常連さんが入店してから続々と仕事帰りらしいお客さんが来られ、あっと言う間に満員になり、店は一段と賑わいを見せた。

酒屋だから酒は売るほどにあり、壁におすすめの酒が書いてある。灘の酒はもちろんだが、地方の銘酒も置いている。一例を挙げると道灌純米一つ火、道灌絞りたて生酒、道灌特別純米無濾過生原酒、道灌純米灘の生一本、道灌活性にごり酒、雪彦山純米生原酒、桜正宗純米焼稀と言った具合だ。そこで、筆者は道灌の純米酒、カメラの福田さんが”にごり酒”を注文すると、酒器に入った酒とガラス製の猪口が出された。ガラス製の猪口は涼しげで、いい味わいの冷酒だ。

松屋酒店のもっとも松屋らしいのは、フランス料理出身の店主の造るアテだろう。ある日のホワイトボードには、釣り好き店主自ら釣ってきた淡路は岩屋沖の天然真鯛の造り、本マグロ幼魚のタタキ、毛ガニ、イタヤ貝柱などの魚貝類、荒びきソーセージ、若鶏ハート串焼き、宇和島じゃこ天があるかと思えば、意外なことにトコロテンがあったりする。

「毎日来られるお客さんが多いので、料理は2日に1回は変えるようにしています」と店主澤田さんは事も無げに話す。料理とお客さんへの愛が感じられる言葉である。

この日は徳島産天然カンパチの造り、生ホタテ貝柱造り、サワラの自家製スモーク、カキの湯引き等があったので、カンパチ造りを注文した。さらにカキの湯引きを追加。日本酒も追加(筆者は奥丹波純米、福田さんは雪彦山純米酒か)したが記憶があやしくなっているので間違いがあるかも。

新鮮な素材を使って、注文を聞いてから料理するとなればうまいに決まっている。これらのアテとおいしい酒を求めて連日、仕事帰りの常連さんでダーク状態の人気店である。常連さんの中には、剣菱や桜正宗などの蔵元の杜氏の方がおられたりするのは、灘五郷・御影郷のお膝元たる所以だろう。

松屋酒店は立ち飲みだけではなく、店の奥に座敷があり4名以上でコース料理が楽しめる。立ち飲みとは違った料理を楽しめるのも人気の秘密。取材した日も、予約客がカウンター横の通路から奥座敷へ吸い込まれていった。気になる予約状況は残念ながら半年以上先まで詰まっているとのこと。

最後に澤田さんから「いいお客様ばかりで、和気あいあいとして、ありがたいです」とメッセージをいただいた。いい店主といいお客さん、このコラムを読んでくれたあなたもぜひ松屋酒店に足を運んでみてください。何かいい事があるかも知れない。

かつて、ある常連さんが松屋酒店、大木酒店、濱田屋の3店を「魚崎のトライアングル立ち飲み」と呼んでいた。時は過ぎ、大木酒店の現在を記しておく。店主は87歳になった。今も仕事帰りの時間帯だけ店を開けているが「いつ止めるかもわからん」とのことである。

「松屋酒店」
神戸市東灘区魚崎南町8丁目1-17
TEL078-441-4820
営業時間
17:00~22:00
ラストオーダー21:45
定休日 日曜

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