37杯目「立ち呑みMAX はんにゃとう道場」

道場がある飲み処

板宿の2軒目は板宿本通商店街の東、新町商店街にある立ち呑みMAXはんにゃとう道場を訪れた。新町商店街はアーケードだが車が普通に走るので、歩行者とくに酔っ払いは注意していただきたい。

店主の山口康夫さんに店の歴史を聞いたところ、もともと神戸市須磨区のベッドタウン白川台で営業していた谷川商店がルーツであるとのこと。

-創業はいつ頃でしょうか。
 「白川台団地が誕生したころ、昭和48(1973)年に白川台で開業しました」
-立ち飲みを始めたのは。
 「板宿の平田町1丁目でリカーショップMAXを開いたのは震災の2、3年前で、酒屋だけではやっていけないので立ち飲みを始めました。立ち飲みは15年やってますかね」
-平田町から現在地に移転されたんですね。
 「ここで11年目になります。近くにいい場所があったのでお客さんごと引っ越せたのが良かったです」

この店が面白いのは「はんにゃとう道場」と名付けられた酒屋併設の立ち飲みであったこと。昼間は近所のお年寄り、夕方からは仕事帰りのサラリーマンが来店かと思っていたら「昼も夕方からも変わらないですよ」と山口さんの返事は意外だった。

入り口を入ったすぐ上に、次のような厳しい心得が貼ってあることに気がつくのに時間はかからないだろう。

 曰く
 「一、酒乱のごときは 破門のこと 
  二、鍛錬時間は 最高一時間半とする
  三、練習代は 初めに納金のこと
  四、自前の物は 持ち込まないこと
  五、道場主の教えを尊重すること」
こう書いてあるからと言って恐れることは何もない。品格のある飲み方をすればいいだけのことである。また般若湯のいわれについて「修行中の僧は十戒を守るため日夜修行に励まれ、肉や酒は禁止。しかし、我慢できずに酒は飲まれていた」との説もある。人間なんだから酒は飲もう。

では、いつものようにカウンターに席をとってビールで乾杯である。アテは近くの市場で仕入れたものの他、まゆみさん手作りの品々がカウンター上に並んでいる。その中からスジコンとホタルイカをもらった。他のお客さんが焼いてもらっていた豚足も250円とリーズナブルな値段だ。この豚足は神戸の立ち飲みの特徴でもある。

午後3時、この店のアイドルまゆみさんが登場すると一気に明るくなって盛り上がる。いやあ、飲み処に安い酒があればいいというのは昔のことで、健康な色気も必要だという見本のようである。

店はカウンターのほか、大きな酒樽の蓋を二分割したテーブル席がある。他の店より年齢高めの常連さんらが椅子ありのテーブルを囲んで楽しく飲んでおられる姿にほっこりする。椅子はお客さんが自分で持ち込んだものらしい。店のあらゆる場所に忘年会やボーリング大会、はたまた競馬会の記念写真が掲げてある。店が愛されてきた証であろう。

店主の山口さんは「酒やアテが安くてしゃべるのが楽しい。慣れてきたらお互いに友達になって話していますよ」と。人との出会いを提供し、居場所のひとつとして店がしっかり役割を果たしているようだ。

ビールが空になったので焼酎のお湯割りに切り替えた。カメラの福田さんは芋、筆者は麦を選んだ。その後も、福田さんは菊正宗の熱燗、筆者はチューハイ、アテはゆで卵、定番のエイのヒレなどを追加した。あれこれ飲んで食べて、一人当たり1000円ちょっと。うれしいセンベロですな。

最後に山口さんにとって立ち飲みとは何かを聞いた。
「早う止めたい」と聞こえた気がしたが、もうちょっと長く高齢者の居場所を提供し続けていただきたい。

須磨区宝田町1丁目にある谷川酒店はご親戚の店であることを付記しておく。

「立ち呑みMAX はんにゃとう道場」
神戸市須磨区飛松町2丁目1-17
TEL078-732-2579
営業時間 12:00~20:00
定休日 日曜

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36杯目「材木酒店」

元プロ野球の名選手も通った老舗角打ち

長田区の角打ち巡礼を終え、歴史の街・須磨の板宿にやって来た。市営地下鉄と山陽電車が停車する板宿駅周辺は、西神戸有数の繁華街として栄え、駅から北に板宿本通商店街が続く。周囲は住宅地で滝川学園、育英高校、須磨学園といった歴史のある私立学校がある学生の街である。桜の名所として知られる妙法寺川に沿って北に進むと板宿八幡神社、禅昌寺、萩の寺(明光寺)、那須神社などに至る風向明媚な土地柄でもある。

市営地下鉄と山陽電車のどちらも神戸の中心、三宮駅へのアクセスが便利なため、交通のハブ的な役割を担っている。このため板宿本通商店街を中心に様々な店舗が軒を連ね、サラリーマン相手のいい飲み屋も少なくない土地柄である。

まずは風格のあるたたずまいの材木(ざいもく)酒店を訪れることにしよう。地元の有名人、ターザン山下氏の巨大な顔のバナーが掲げられた板宿本通商店街を北に抜け、滝川学園の門を右手に見ながらしばらく歩くと材木酒店にたどり着く。

広島から神戸に出てきた初代が昭和の初期に創業した、と三代目の材木章純さんに聞いた。初めて訪問した時に見た1升瓶が並んだ壮観な棚が、材木酒店の長い歴史を物語っていた。

現在は章純さんと先代夫人である母、澄子さんがのれんを守るが、角打ちは主にお母さんが担当する。お客さんは、近所の常連さんが多いのは当たり前だが、地下鉄に乗って遠く西神から来る方や、50年来の方と幅広い。常連さんに連れてきてもらってなじみになることも多いようだ。他の角打ちと同様に朝はご隠居さん、夕方からは仕事帰りのお客さんでにぎやかになる。

「西さんのおじいちゃんもよく来てくれました」とお母さんは懐かしがった。おじいちゃんとはアスキーを創業しマイクロソフト副社長も務め、現在学校法人須磨学園学園長である西和彦氏の祖父のこと。

材木酒店の広報部長を自認する中田清成さんによれば、材木酒店には自慢できる日本一が二つあると言う。一つは、店のお孫さんが国体のレスリングで優勝したことで、もう一つは、東京六大学野球からプロ野球の近鉄パールスで活躍し、外野手最多補殺日本記録をもつ日下隆さんだ。プロ野球引退後は、名門三田学園高校をセンバツに3度導き、教え子には山本功児や淡口憲治、羽田耕一がいる。その後店から近い育英高校の野球部監督も務められた。品の良いおじいちゃんという感じの日下さんは、材木酒店では、常連客に先生と慕われていた(2010年死去)。店と常連客同士の交流を見るにつけ、いい酒場だとつくづく感じた。

朱色のカウンターに席を取りサッポロビール赤星を注文する。アテはカウンター上に並べてある天ぷらで乾杯をする。まだ肌寒く感じる3月だが、1杯目のビールはうまいなあ。

時計の針が5時を回ると仕事帰りのお客さんが増え始めた。角打ちなので基本は立ち飲みであるが、材木酒店には大きなテーブルがあって椅子が入っている。お客さんが高齢化してくるのに併せて椅子を入れる例はよくあるが、10年以上も前に来た時にはすでに椅子が入っていた。このテーブルを囲んで一日の疲れを取るお客さんも少なくない。

筆者もたまに寄るので、名前は存じ上げないが顔がわかる常連さんに、改めて材木酒店の魅力について聞いてみた。
「家から近くて、憩いの場所になっています。安くてとても気に入ってます」
「若い人から大学教授まで、いろいろな人が来てていろいろな話が聞けますよ」
「通勤の途中にあるので便利。仕事帰りに途中下車して寄ります」
「お客さんの人柄が良いですね。一日の仕事を終え、”お疲れさん”と言い合える癒しの場です。嫌なことがあっても明日の活力をもらって帰れます」

まさに角打ちの効用と醍醐味が詰まった言葉の数々に納得させられた。角打ち未体験の方も超高齢化社会の到来を見越し、自分の居場所つくりにも最適ではないだろうか。

お客さんの話を聞いている間にも人が増え、この日はおっちゃん達に混じって女性客もちらほら。そう、材木酒店は和気あいあいとした雰囲気なので入りやすく、初めての客にも優しい。だから女性客が立ち寄ることも少なくないのであろう。

熱燗を追加した。燗をする道具や方法も店によって様々であるが、ここ材木酒店は電子レンジを利用する。200ccのコップに八分目くらい入れて、チンしたあと残りを追加して飲み易い温度に調整するのである。酒は西宮郷の白鹿だった。美味である。アテはナビスコプレミアムクラッカーやしゅうまい、おでんなどをもらったが、何を注文してもお客さんとの会話がアテになる。

さらに「年末の30、31日には年越しそばが振る舞われますよ」と教えてくれた。今年の大晦日には足を運ばねばと、すぐさま手帳にメモをしたのは言うまでもない。

最後に澄子さんに”角打ちとはどういう存在”かを聞いた。
「先祖から受け継いだ大切なもの、元気の素、体が動く限り続けたいですね」

昭和初期の創業なので、まもなく百年を迎えることになる。材木酒店の日本一や会話も含めたうまいアテを、常連さんだけのものにするのはもったいない。みなさんにも、ぜひこの空間を共有しに寄ってもらいたい。

「材木酒店」
神戸市須磨区養老町3丁目1-11
TEL078-733-7777
営業時間 9:00~21:00
定休日 2日、12日、22日 但し16:00~21:00は営業

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35杯目「戸田酒店」

戦火、震災と2度の苦難を乗り越えて

神戸市営地下鉄長田駅および高速長田駅の南、御蔵通と菅原通からなる御菅地区が東西に広がる。25年前の阪神淡路大震災で甚大な被害があったところである。拙著「神戸懐かしの純喫茶」の取材で御蔵通1丁目にあった喫茶ホワイトを訪問して以来8年ぶりに御菅地区を歩く。

区画整理され道路も広くなった町から路地や長屋は消え、元の住民もほとんどが戻っていない。どこにでもある新興住宅地のようで震災の傷跡は伺い知ることはできない。
筆者の調べでは、この界隈には震災後に5軒の酒屋が残っており、いずれも角打ちをやっていた。その後、藤本酒店(菅原通2丁目)と竹谷酒店(同4丁目)が廃業して現在は戸田酒店(御蔵通4丁目)、砂川商店(同6丁目)、黒田酒店(菅原通3丁目)が残るのみである。

今回、取材に快く協力していただいた、みくらすいせん公園近くにある戸田酒店を訪れた。創業百年を超える酒屋の暖簾を守るのは三代目の戸田一弘さんと奥様のお二人である。昨年までは朝8時から店を開けていたが、朝はお客さんが少ないので今年から午後2時開店となった。

重厚なカウンターに大きなテーブルと小テーブルがある典型的な角打ち。壁には平成天皇御夫妻が”すいせん公園”に行幸されたときの写真が掲げてある。その店内で戸田さんに話を聞いた。

-創業はいつ頃でしょうか。
「明治の終わり頃のようで、私で三代目。百年は超えていますね」
-創業もこの場所ですか。
「もともとはJR兵庫駅の北、塚本通で営んでいました。戦争の空襲で焼けてしまい、土地は困っている方に譲りました。戦後、御蔵通で再開しましたが、阪神淡路大震災でまた焼けてしまいました。その頃は明石や西区、そして丸山まで配達に行ってましたね。まだ若かったですし。震災後、仮設で営業を始め、再建できたのは平成11(1999)年の秋でした」

跡継ぎ問題も含めて商売は難しいと、戸田さんの話にうなずくばかりであったので、ビールをもらって気分転換することにした。

戸田酒店の看板酒である江井ヶ嶋酒造の神鷹の名が入ったコップに麒麟ビールを注ぐ。アテは角打ちの定番の乾き物、缶詰、ソーセージ等があるが、季節柄おでんが煮えている。厚揚げ、大根、すじ肉、こんにゃくを皿に盛ってもらった。よく煮込んだおでんはうまい。こんにゃくを2人でシェアするのは難しいと思っていたら戸田さんが親切にも包丁を入れてくれた。うれしいね。

ビールが空になったので神鷹の熱燗に切り替えることにした。酒かん器がレトロな物で、タンクに酒を貯めておいて、スイッチひとつで酒かん器を通過する際に温まる仕掛けになっているようだ。

200cc入るコップに表面張力いっぱいに注いでくれている。カウンターの席までこぼさずに持って歩けないので、少しだけ鳥のくちばしのように口を近づけて飲んで減らした(笑)
この後もニッカの水割りや江井ヶ嶋酒造のむぎ焼酎福寿天泉のお湯割、ミレービスケット等をもらった。

-角打ちのお客さんについてお聞きしますが。
「御菅地区には酒屋が9軒もありました。造船所がにぎわっていた頃は朝6時から夜の11時まで大忙しでした。震災後は西区の仮設住宅に移られた方も来てくれてましたが、段々と歳を重ねて、震災前からの馴染みは、ほとんどいなくなりました。いまは川重の兵庫工場の方などが仕事帰りに寄ってくれます。自販機で買って帰る人もいますが、若い人はさっぱりですね」と戸田さん。

一方、奥様は「若い人はこの冷蔵ケースの中からチューハイなどを取って飲まれますよ」と若いお客さんが皆無ということでもなさそうだ。
この巡礼の企画はまだ角打ちの楽しさを知らない方に知ってもらおうと始めたので、掲載後に役立つといいなあ。

気が付けば仕事帰りのお客さんで店はダーク状態になっているではないか。もう20人近くおられるようだ。席を空けねばならない。

最後に戸田さんにとって角打ちとは何かを聞いた。
「古いだけやね。でも元気の素かな、町のいろんな話も入ってくるし」
「知らない者同士が友達になって仕事の紹介ができるのも角打ち。両方の人を知っているので橋渡しができるかな」

震災後の区画整理で道路は広く町並みは整然となった。便利にはなったが、どこにでもありそうな風景に震災の悲しみが隠れている。その悲しみを知り尽くし、自治会役員を長年やってこられた戸田さんだからこそ、一見の客にも優しく接してくれる。角打ちに一人では行けないと思っていたら、ぜひ戸田酒店の扉を開いてください。

これにて長田区の角打ち巡礼を終え、次回からは須磨区にある角打ちを旅する。

「戸田酒店」
神戸市長田区御蔵通4-7
TEL078-576-7660
営業時間 14:00~21:00
定休日 日曜、祝日

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34杯目「鮒田酒店」

酒のアテは何気ない日常の会話

新長田の駒ケ林に水曜日だけ開ける喫茶店、初駒がある。ここで和田岬のメゾンムラタのパンを使ったサンドイッチとおいしいコーヒーを味わった後、北に進む。JR新長田駅を越えて西代方面に歩くとやがて鮒田酒店の前に至る。最近発見したこのコースがお気に入りである。現在、初駒は週に数回開いているようなのだが。

鮒田酒店は立ち飲みの看板こそ出していないが、朝から飲める角打ちをやっている。喫茶店で軽めの食事をして昼酒を味わう至福の時間ということになる。店に入るとすでに数人の客がいる。

営業は朝10時から夜の8時ころまでとのことで、入口の左手にある大型冷蔵庫にワインや焼酎をキープしている常連さんが多いようだ。一方、アテは乾き物かチーズやソーセージとなる。おいしいアテが揃っている飲食店系に近い立ち飲みではなく、ご近所の常連さんで成り立っている本来の正統な角打ちと言える。

筆者と鮒田酒店との出会いは10数年前のことで、飲み友達が発見して様子を教えてくれた。ある日の午後7時ころ入ることができた。当時の備忘録に「この店の常連さんも優しい人たちで、場所を空けてくれてほっとする。 新開地に詳しい常連さんが世界長、吉美屋、八喜為、赤ひげなどの飲み処を話題にして、初めての者にも声を掛けてくれたのは正直うれしいものがある」と記していた。

まずはカマンベールチーズをアテにアサヒビールで乾杯しながら、女将の宮田衣代さんに話を聞いた。
-創業はいつごろでしょうか。
「先代が昭和13年の阪神大水害のことを知っていると話していたから、昭和の初めころでしょうか。80年は経っていると思います」
-阪神淡路大震災では大丈夫でしたか。
「この町内で8人が亡くなられました。家屋も壊れ、建て直しました」

長田区は多くの報道で知られるように阪神淡路大地震で甚大な被害があったところである。表面的には復興したように見える街であるが、まだまだ途上というのが区民の正直な気持ちではないだろうか。当時「誰かに話したい、聞いてもらいたい人がたくさんいた」とよく耳にする。その役割を担ったものの一つが角打ちではなかっただろうか。

-夜勤明けで飲みにこられる方もおられますか。
「今はそういう方はおられませんが、早い時間帯は現役をリタイヤされた方、夕方からは仕事帰りの方が寄られます。一日に何回も来店するお客さんもいます」
酒屋を取り巻く環境も時代も変わってきている証なのでしょう。

今回、お店に入ったのは午後4時半だったが、5時を回るとだんだんとお客さんが増え、10人程度が立てるL字型のカウンターもダーク状態になってきた。

お客さんにも話を聞いてみよう。筆者は10年以上前から時々寄っているので顔なじみのお客さんもいる。板宿にある肉するめで有名な飲み処「ちょこっと」でもお見掛けする常連さんは「女将さんが良い人で明日の活力を求めて店に来ますよ。もうちょっとしたら店のガラス戸から金星が見えるね」とつぶやいた。

また別の常連さんは「現役のころは和田岬の会社に勤めていましてね。木下酒店には通いましたよ。退職してからは家に近い鮒田酒店に毎日来ますし、六間道へも行きます」と、角打ちを楽しんでいるようだ。

いま流行のおしゃれ系の角打ちはアテの多さが売りだが、ここ鮒田酒店では出会った人との会話が酒のアテになる。ほとんどが一人で来店されるが、静かに飲むのも店主を交え地域の歴史などよもやま話を聞くのも楽しい。

ビールが空になったのでカメラの福田さんは日本酒の熱燗を注文。すると女将さんは一杯ずつ温める電気式の酒かん器を取り出して、一升瓶から酒(白鶴だったかなあ)を注ぎ始めた。酒かん器の電気コードがまた懐かしい。本来のコードが駄目になり、電気こたつ用のコードを代用しているそうだ。味は聞くまでもなくうまかったに違いない。

筆者は焼酎ハイボールとこの店でよく注文する「あたり前田のクラッカー」に切り替えた。あるとき「アテ」が納品される場面に遭遇した。鮒田酒店と取引があるのは遠く高砂のヨコカワと知った。酒屋や駄菓子屋が減って需要が減っているそうだが、通信販売(https://www.yokochan.co.jp/)もされているので家での晩酌や行楽のお供にいかがだろうか。

筆者が「あたり前田のクラッカー」を注文すると、周りから今は亡き役者の藤田まことさんの名前や白木みのるさん、芦屋小雁さんらの名前が挙がった。これらの名前、分かる人には分かる(笑)。これだから角打ちは楽しい。

気が付くと、ウィスキー水割りや焼酎も追加して長い時を過ごしたようだ。初めて訪れたときには他店の情報にも話が及び「あの店は家庭的でいいよ」などと教えてくれた。地域の異業種交流の場での楽しい会話はすばらしいアテになるのだが、まさしく鮒田酒店に集う常連さんと女将さんの場合が当てはまる。

酔いがまわり、常連さんが教えてくれた「金星が見えるよ」をすっかり忘れてしまった。この日は金星が月と接近すると新聞で見ていたのに、夜空を見上げなかったのが心残りである。近いうちにまた寄りましょう。

「鮒田酒店」
神戸市長田区西代通1-5-7
TEL078-621-1407
営業時間 10:00~20:00
定休日 日曜

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33杯目「飯田酒店」

こだわりの酒とアテ

下町の情景が色濃く残る長田区苅藻通に、大正7、8(1918、1919)年頃(*)に創業した飯田酒店はある。神戸でも一、二ではないかと思われる桜正宗と忠勇の立派な木製の看板が目を惹く。

JR新長田駅前からは距離があるがどんどん東へ進み、新湊川を越えて南に下る。市営地下鉄海岸線なら苅藻駅で下車して北へ200メートル、更に西へ100メートルほど入ったところにある。いずれも三ツ星ベルトの広告塔が目印だ。この広告塔は耐震補強をしたものの老朽化が避けられず、今年(2020年)の5月にも解体・撤去される運命にある。また一つ神戸から時代の証人が消えていく。なんとか残せないものか。

飯田酒店の前に立つ。表からは老舗の酒屋さんにしか見えないが、奥に入ると立ち飲みコーナーがある。カウンターといくつかテーブルもある。三代目ご主人の飯田純司さんが奥様のしおりさんと二人で店を切り盛りする。

創業100年を超える店内は、球形の和紙で包まれた照明がやわらかい光と影が織りなすレトロ感が充満している。アテを並べたカウンターの台は、銘酒龍正宗のレリーフのある珍しいもの。そのカウンター前でご主人がせっせと鯨のコロを串に刺していた。

近所の常連さん、三ツ星ベルトやミヨシ油脂など近くの企業に勤務されている方が会社帰りに立ち寄る。和気あいあいとした雰囲気の中で、ちょっと一杯という感じの立ち飲み処である。居合わせたお客さんに聞いたところ、ほぼ毎日来るそうだ。

あちこちの酒屋で探しても目にすることのない桜正宗が看板酒の飯田酒店。日本酒好きにはたまらない遭遇となることだろう。
アテはご主人が”うちのシェフ”と呼んでいる奥様の手作りだ。日替わりかと問うと「シェフのその日の気分次第で何が出てくるかわかりません。5時の開店時に揃ってなくて途中から出てくるのもありますよ」という。これは常連客にとって、楽しみは残しておくということか。

「本日のおすすめ」のところに札が掛けてある。ちなみに取材日のおすすめを列記すると、豚そばモダン、まぐろ、とんかつ、手羽元、かにたま、せせり入ほうれん草おひたし、たこやき、かす汁といった具合で、カウンター上のものは含まれいない。

サッポロビールの赤星とポテトサラダをもらって乾杯だ。桜正宗と刻印された200cc入るコップにビールを注ぐ。ポテトサラダは具が多くて美味しい。

少し遅れてやってきた友人は、筆者らが後で注文しようと思っていた鯨のコロとアキレス腱をいきなり注文した。筆者は好きなものは後に残しておくのだが、みなさまはどちらだろうか(笑)

ビールが空になったので上撰桜正宗と鶏のから揚げを追加した。飯田さんは「店主の気まぐれで開ける地酒や焼酎など、レアなものを置いています。また揚物は注文を聞いてから揚げます」と酒にもアテにもこだわりをみせる。

墨で手書きした日本酒メニューには岩手県あさ開純米新酒生原酒(令和元年新米仕込)、神戸魚崎郷桜正宗宮水の華(特別純米)、神戸酒心館福寿純米吟醸(ノーベル賞授賞式晩餐会使用酒)と()内は朱書きしてある。別に本日のおすすめの酒もある。上撰桜正宗がまさにそうで、1杯200ccがなんと250円だった。

常連客にはビールや焼酎のロックと水割りがよく出るようで、ウイスキーは少ないという。アテはおでんがメインだが、だしがよく効いた関東煮のイメージのもの。実際、飯田酒店のFacebookを見ると昨年10月のある日の記事に「#角打ち #立ち飲み #おでん #関東炊き はじめました」とある。

1杯目の桜正宗は常温だったので熱燗を追加し、友人に先を越されたコロとアキレス腱をもらった。うまい酒とコロ、至福の一瞬だが、日本酒2杯は効きすぎてほろ酔いどころではない。カメラの福田さんが、じゃこ天も注文した気がするなあ。

最後に、ご主人の姿が見えないので奥様にとって角打ちとは何かを聞いた。「仕事のひとつですが、楽しい空間です」。そして「せっかくなので違う職場の人と飲んで、交流してもらえるといいですね」とも。

三ツ星ベルトの広告塔の見納めも兼ねて創業100年を超える角打ちをぜひ体験していただきたい。

「筆者注」(*)拙書「神戸ぶらり下町グルメ決定版」にて、「昭和七、八年頃に創業」とあるのは誤りで、「現在地で営業を始めたのが昭和七、八年頃」が正しく、お詫びして訂正します。

「飯田酒店」
神戸市長田区苅藻通4-3-1
TEL078-671-5910
営業時間
17:00~21:00(角打ち)
9:30~21:00(酒屋)
定休日 日曜

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32杯目「永井酒店」

うまいアテと、よきお客さん

新長田の六間道と本町筋商店街が交差する辺りを少し南に下ると永井酒店はある。初めて訪問したのは5年前の夏の日曜日だった。長田でも日曜日に閉めている飲み屋は多いのだが、当時の永井酒店は朝9時から開いていた。

下町の店なので店先に置かれた自転車が目に付いた。店の存在はかねて耳に入ってきていたし、お好み焼きハルナにビールを持ち込むときはこの店の自販機で買っていたので躊躇することなく入れた。初めての店はシステムがよくわからない一面があるが心配は無用だった。

瓶ビールは店の方が出してくれるが、壁際にある冷蔵庫に入っているアテや缶ビール、日本酒は自分で取って店の方に申告するシステムだ。知らないことは常連さんに聞けば親切に教えてくれる、楽しいひとときだった。ナガイ米穀店の看板もあり、店で精米した”おにぎり”が格別うまかった。

そんな思い出の永井酒店に5年ぶりに訪問して、現在の店主である大嶋栄子さんに話を聞いた。
-創業はいつごろでしょうか。
「生まれる前のことは詳しく知らないですけれど三代目になります」
-そうすると昭和の初めころの創業でしょうか。歴史がありますね。
 「今は酒の配達も米の販売も止めて、昼から立ち飲みだけやっています」

店の外観は立派で「清酒日本盛 永井酒店」と「水晶米神戸六甲味じまん取扱店 ナガイ米穀店」の看板が掛かっている。店内には手作りのアテが並べられたカウンターの他、小さめのテーブルが3卓ある。テーブルの一つは役目を終えた冷蔵ケースでモノを大事に使っている様子が伺える。

入店したのは午後4時半だがすでに満席に近い状態で、空いていたテーブルの一つに席を取った。まずは麒麟ビールで乾杯だ。アテには筆者はあの”おにぎり”、カメラの福田さんは”すき焼き風の煮込み”、友人は”ポテサラ”を選んだ。その後、次々と仕事帰りのお客さんが増えていき、ちょっとしたダーク状態である。

お客さんから話を聞くタイミングがなかなか来ない。焦る。福田さんが写真を撮っているのをニコニコしながら眺めているお客さんがいたので、チャンスとばかり話し掛けてみる。「こちらの方がよく知ってるよ」と振ってくれたのでグループで来られた方に聞いてみた。

-永井酒店の魅力は?
「ここは来られるお客さんが良いですね。ご夫婦や若いカップルでも来られますよ」
-2年ほど前に一時閉店していたことがありますが、困りませんでしたか。
「あの時は困りました。ためがね酒店や大原酒店に避難しましたが再開してうれしいです」
-ためがね酒店のご主人は、ここで修行されたそうですよ。

取材の日はグループで来られたお客さんが多かった。その中には普通に女性客が混じっており、1人で来られた方はカウンターで飲んでいたようだ。5時半にはほぼ満杯状態となり、よく繁盛しているものだと感心する。

ビールが空になったので髭のウイスキー、ブラックニッカ水割りを冷蔵庫から取って店の方に自己申告する。すると氷がたっぷり入ったグラスを2つ運んでくれた。ありがたいシステムだ。カウンターに並んでいる手作りのアテから”かき揚げ”を追加。

そしてこの冬初めての”かす汁”が体を温めてくれた。酒粕は看板にあった日本盛だろうかと頭を悩ませたが、そんなことはどうでも良くて「うまかったらええ」という焼き鳥一平(*)の親父さんの声が聞こえた気がした。福田さんは焼酎の水割りも注文したようだった。酒屋だから酒は売るほどにある。加えてうまいアテが豊富にあるのが人気の秘訣と言えようか。

最後に店主の大嶋さんにとって角打ちとはどういう存在かを聞いた。「2年前に店を閉めましたが、暇で退屈でした。何もしないと頭もぼけるでしょ。それで2カ月後に再開したんです」と。常連さんからの後押しで復活したのかと思ったのだが、そうではなかった。大嶋さんにとって角打ちとは健康と活力の源なのかもしれない。常連さんと自身のためにも長く続けて欲しい。

「筆者注」
(*)一平は、かつてJR元町駅高架下にあった焼き鳥屋。地元新聞の記者が”たれ”の材料を聞いたときの答えが、旨かったらええであった。

「永井酒店」
神戸市長田区庄田町2丁目4-11
TEL078-611-0860
営業時間 13:00~20:00
定休日 水曜

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31杯目「松岡商店」

創業85年の老舗酒屋のしゃれた角打ち

JR新長田駅南側出口から線路沿いに東へ数分、若松町2丁目に松岡商店はある。祖父が若松町で開業して85年ということなので、逆算すると昭和10(1935)年ころに創業したことになる。阪神淡路大震災まで久保町で営業していたが、甚大な被害があり震災後、創業の地・若松町に戻ってきた。

株式会社化している松岡商店は三代目になる社長の松岡弘樹さん、奥様、そして従業員の皆さんが暖簾を守っている。業務店への卸と小売主体だった店に変化が訪れたのは、酒屋の一角で立ち飲みすることを表す”角打ち”が一般的になってきた数年前のことである。

切っ掛けは社長の弘樹さんが東京で角打ちに立ち寄ったこと。「普通の角打ちに入ったんですけど、これやったらうちでも出来るなあ」と思い、店の一角を立ち飲みスペースに模様替えした。東京の角打ちを視察したからなのか、アテは缶詰や乾き物だけと言った古典的な角打ちではなく、女性も入りやすいおしゃれな空間になっているのだ。

店内を見渡すと、全国の日本酒の銘柄が冷蔵庫で冷やされているかと思えば、地元兵庫県の酒の棚もある。天井近くには取引のある蔵元の説明がしてある。筆者がわかるのは竹泉、都美人、るみ子の酒といったところで、ほとんど初めて名前を見る蔵のオンパレードだ。
酒屋だから日本酒、ワイン、焼酎と売るほどにあるのは当たり前だが、松岡商店のラインアップはすごいのだ。ワインは日本産に力を入れているそうだ。”百聞は一見に如かず”と古くからの伝え通り、まあ一度行って見なはれ。

立ち飲みコーナーにはフードメニューが貼ってあるのだが、これがまた魅力的な品々である。例えば、メゾンムラタ(*)のパン&きのこペースト、酒かす調味料~糀はな~きのこパワグラタパン、黒毛和牛A5ランク牛すじ煮と言った具合である。どれを選んでいいかわからない場合は、おつまみセット3種がよいかもしれない。あるいは料理人ではないが、料理の研究をされている奥様に相談するのがベターと思う。

午後4時半に入店したものの、お客さんはまだ見えない。我慢できないカメラの福田さんが”飲み比べ+おつまみセット”を注文したので、筆者も安易に同じものを選んだ。酒3種は奥様におまかせで選んでもらった。2人分で6本の瓶がカウンターに並んだ。

覚えているものを列記すると、大分県浜嶋酒造の鷹来屋原酒生酒、三重県元坂酒造の酒屋八兵衛しぼりたて新酒、兵庫県朝来市の田治米合名会社の竹泉の神戸限定酒、福岡県久留米市杜の蔵の槽汲み、京都府向井酒造の京の春、竹泉のJUNMAI NOUVEAU(これは松岡商店限定酒だったかなあ)。いずれの酒もうまくてすいすい喉を通っていく。そしておつまみも酒に負けてはいない。

奥様に「どこからのお客さんが多いか」と聞いたところ、動線が違うのか新長田駅からよりも、店の東方面にあるゴム・靴関係の会社や車両を製造している会社にお勤めの方が仕事帰りに寄られることが多いそうだ。

そうこうしていると筆者の知り合いであり「六甲山シーズンガイド春・夏」など六甲山の著書が多数あるフリーライターで山ガールの根岸真理さんがお客さんとして突然現れたのにはびっくりした。仕事で新長田に来たついでに、かねて聞いていた松岡商店に立ち寄ったそうだ。その後、ふらりと現れた二人連れの1人が根岸さんの知り合いで更に驚いた。神戸は狭い。こういうことが度々起こるコンパクトな都市である。

根岸さんはビールとメゾンムラタのパン&きのこペーストを注文。たいへん気に入った様子で、パンに合うはずと、ワインを追加された。一方、福田さんは気になっていた竹泉の超限定樽生純米生原酒と熊本チーズ盛り合わせを注文し、ビールサーバーならぬ日本酒サーバーから注いでもらっていた。この日本酒サーバーは初めて見たのだが、竹泉以外で例はあるのだろうか。

根岸さんがムラタのパンをお裾分けしてくれたのでビールを追加注文した。ビールも数が多くて選ぶのが難しいのでギネスのタウトと無難なものに落ち着いた。もっとも奥様に好みを伝えて選んでもらうこともできる。最後は筆者もやはり日本酒サーバーから樽生純米生原酒を注いでもらった。

時間とともにお客さんも増え、近くの方にお聞きすると西代方面に会社があって、徒歩で南に下ってきたとか。もう3回くらい来ているそうで、そういう方は「飲み比べ1カ月間使い放題パス1500円」を使うと3回で元が取れるのだ。

松岡商店では店内での「燗酒の飲み比べ」や「立ち飲みの貸し切り」の他、店の内外で定期的にイベントを開催(共催含む)しており目が離せない存在になっている。例えば丹波ワイナリーツアー、垂水のイタリアンレストランAeBとのコラボ、KOBE日本ワインフェス2020などなど。
いまのところダーク状態になることもなく比較的ゆったりと飲むことができる隠れ家的な存在のように思える。人に教えたくない店の一つかもしれない。

最後に奥様にとって角打ちとはどういう存在かを聞いてみた。「飲んで食べて、食事と一緒に酒を楽しむ体験の場」になればとのことである。試飲だけではピンと来なくても、もう少し踏み込んでもらえる体験の場にしたいそうだ。今までの角打ちのイメージを払拭する、女性でも気軽に入れるおしゃれな空間が待っている。

「筆者注」
(*)メゾンムラタは知っている人は知っている和田岬の笠松商店街にある人気のパン屋である。
また支払いは注文の都度払うキャッシュオンデリバリー方式となっているので注意して下さい。

「松岡商店」
神戸市長田区若松町2丁目2-8
TEL078-611-0388
営業時間 立ち飲み 15:00~20:00(平日)
15:00~19:00(土曜、祝日)
酒売り 9:30~
定休日 日曜

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30杯目「ためがね酒店」

美酒桜正宗と手造りのアテが旨い

JR新長田駅前からタンク筋に沿って南へ、国道2号を越えてお好み焼き「みずはら」のちょっと先に「ためがね酒店」はある。
店主の為金潤二さんが長らく酒屋に勤務した後の平成5(1993)年1月に開業し、以来奥さんと二人で店を切り盛りする。今年で28年目になる。

今回の訪問で拙著「神戸立ち呑み八十八カ所巡礼」でたいへんな間違いをしていたことが判明したのだった。「熱狂的な阪神タイガースファンの奥さんと二人で店を切り盛りする」と紹介していたのであるが、なんと阪神タイガースファンだったのはご主人の潤二さんの方。本を見て来店したお客さんが、プロ野球のことをご存じない奥さんに話題を振ることが何度かあったようだ。申し訳ない。12年ぶりにお詫びと訂正をさせていただく。

さて、長田の酒屋は住宅地にあるのと店名に個人名を使っている店が多いのが特徴で、付近にはお年寄りが多く暮らしているため、酒や米の配達も結構あり忙しい毎日である。
最初の店は別の場所にあったが、震災の被害を受け二葉町の今の場所に移転してきた。店はカウンターとテーブルが2台で、それぞれ椅子を置いている。当初から椅子を入れる考えで店を造ったそうだ。

カウンターや冷蔵ケースには奥さん手造りの旨そうなアテが並ぶ。まずはビールで乾杯してカウンターにあるエイのヒレをもらった。冬とは言え、冷えたビールが喉を通るときの感触は酔いものだ。

以前来た時には熱燗と蒸し豚をもらった。酒は大阪府小売酒販組合連合会のコップで広島の賀茂鶴が出た。おお、なんと酒の見識がある店だ。こういう見識を持つのは、ご主人の長い修行の結果かも知れないなどと、勝手に思ったものだ。
日本酒であるが賀茂鶴から桜正宗に代わっていた。地元にも美味しい酒があることに気付いて2年前から取り扱っているそうだ。この桜正宗、角打ちではほとんど見かけることがない貴重なものだ。

ビールが空になったので、桜正宗の本醸造からくちを筆者は熱燗、カメラの福田さんは常温でもらった。熱燗は1個しか残っていない大阪府小売酒販組合のコップに入れてもらった。森下酒店のところで述べたように、蔵元等の文字が刻印されたコップは手に入れるのがますます困難になっている。機会があれば、迷わず入手して欲しい。

日本酒にはこの季節、”おでん”が似合うが、ためがね酒店の鍋には”関東煮(かんとだき)”と大きく書いた紙が貼ってあった。コンビニのセブンイレブンが”おでん”を取り扱い始めて約40年になる。”関東煮”で思い出すのは大阪のたこ梅だ。作家の開高健はここの”さえずり(ヒゲクジラの舌)”を好んだことで有名である。

一方、”関東煮”に対して”かんさいだき”をうたうのがやはり大阪の常夜燈である。名付けたのは、かの名優・森繁久彌である。いずれにせよ”おでん”は奥が深いようだが、”関東煮”はもう死語なのか、ほとんど聞くことがない。久しぶりに見た文字になぜか安らぎを覚えたのだった。

店に入った午後4時すぎ、初めての来店というカップルと筆者らだけだったが、5時を過ぎると仕事帰りのお客さんでいつの間にか埋まってしまった。

昨年の秋、道路を隔てた向かいで兵庫県と神戸市の合同庁舎が業務を開始した。そこで店主の為金さんに聞いてみた。「おかげさまで庁舎にお勤めの方も来店くださいます」と再開発の効果が出ていることを実感されているようでうれしい。庁舎にお勤めの方は、それとなくわかるそうで、これはこれですごいことである。

ご主人との会話も楽しく、チューハイ、焼酎、ハイボール、焼き鳥などを追加したと思うがすでに記憶の外である。関西テレビの番組「よ~いドン!」に「となりの人間国宝さん」というコーナーがあり、お好み焼き屋や銭湯に置いてある兵庫鉱泉所(神戸市長田区)の”アップル”という飲み物が、角打ちでも飲めると取り上げられたことがあった。そのことを思い出して最後に注文してみた。

アップルというネーミングだがリンゴの味はしない。しいて言えば、”みかん”のような味だろうか。もともとは”みかん水”と言っていたそうで、王冠中央に「無果汁」と大きく表記されている。何はともあれ、アップルを地域資源として町の賑わいに活用しようと地元自治会とともに為金さんも力を入れている。

最後に店主の為金さんにとって角打ちとは何かを聞いた。「昭和の置き土産として、これからも続いて欲しい場所」と話した。そして「戦前の文化を残したい」とも。筆者らが神戸角打ち巡礼を始めたいきさつとも合致し、心強い声援をもらった気がする。

「ためがね酒店」
神戸市長田区二葉町4丁目6-9
TEL078-611-0612
営業時間 9:00~20:00
定休日 日曜

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29杯目「横山酒店」

昭和の残り香が漂う空間

10年ぶりくらいにお好み焼き万味に寄った帰りに、その存在に気がついたのが長田区久保町9丁目にある横山酒店である。
新長田の町名は南北につくものと東西につくものがあり、久保町は東西に細長く伸びている。この久保町より南の万味(その後廃業)がある東西の筋に鈴木酒店や大原酒店があることは以前から知ってはいたのだが、横山酒店は視界から漏れていた。

外観から惹かれるものがあり、お昼すぎに入ってみると店の方の姿はない。だが、ここで帰ってしまっては元も子もない。声を出してみると美人の若奥様が出てこられてほっとした。
小ぶりではあるが年季の入ったカウンター、むき出しの配線、これらは花隈の須方酒店や和田岬の木下酒店を彷彿させる。

チューハイとチーズをもらった。チューハイは出来合いのものではなく、きちんと一杯作ってくれた。角打ちが好きで長田の町をよく巡ることなど他愛のない話をさせてもらった。
次の予定があったのでチューハイ1杯だけにして店を出た。また来たい店である。そう思ったのが2年半ほど前の秋のことだった。

そして今回の訪問となったのだが、初めてのときにあった看板が無くなっていた。すわ廃業か、と頭をよぎったが台風のせいと判明した。

店主の横山セツ子さんにまず店の歴史について話を聞いた。
「創業したのはいつ頃でしょうか?」
「三代目だった主人の後を継いだので四代目になるでしょうか」
「大正末期か昭和初期のころだと思います。まもなく百年ですね」。以前訪問した和田岬の木下酒店やリカー&フーズむらかみと同じ頃か。

お客さんが来られるのは午後6時頃と聞いていたのでそれより少し前に寄ったが、すでに常連さん2人の姿があった。
いつものようにまず瓶ビールをもらった。アテは大小のホワイトボードに記載されている。大きいボードには手作りの旬のアテ約20種、小さい方にはおでん10種以上が書いてある。大きいボードにアジのたたき、マグロのすき身があったのでアジのたたきをチョイスした。

続々と仕事帰りのお客さんが来られ、午後6時前にはこじんまりした店のカウンターとテーブルが埋まってしまった。

店主は、お客さんから女将さん、あるいはママと呼ばれているのかと思ったが、なんと”セッちゃん”。注文の都度、親しみを込めてそう連呼されているのだ。この”セッちゃん”、カウンターの中にいたのが、小さな子供さんの世話をするために奥に引っ込んでしまう。そういう時は先にいた常連さんが後から来たお客さんにビールを出したりグラスを渡したりしていた。相生町の渡辺酒店で見た光景だ。

奥から小さな子供さんが姿を見せた。すかさずお客さんが相手をする。どこからともなく「昭和3、40年代には店の子はお客さんに育ててもらった」との声が聞こえてきた。ここ横山酒店は昭和のままで止まっている。

子供さんが店主の孫と聞いて驚いた。初めて来たときの印象として「美人の若奥様が出てこられてほっとする」なんて記録してますなあ(笑)。カウンターにいたマイグラスのお客さんが「原節子似の美人」と言えば、セッちゃんは「そんなこと言うのは、この人だけ」と一笑に付した。

常連さんの話も聞いてみよう。
 「家が近くで毎日来ている。角打ちなのにアテが豊富にある」
 「1000円あったら十分。2000円やったらフラフラや」
 「19歳のころから30年以上来てるなあ」
当時なら飲酒は20歳からなどと野暮なことは言わなかったであろう。現在では通らないことでも、昭和の時代はおおらかだった。そんな雰囲気が下町長田にある横山酒店にはまだ残っているということだ。

ビールが空になったので、おでん(焼き豆腐、じゃがいも、鱧ダンゴ)とカメラの福田さんは菊正宗のコップ酒、筆者はチューハイを追加。このチューハイは焼酎を布引礦泉所のレモンサワーで割ったもので大きなグラスにたっぷりと入れてくれた。布引礦泉所と言えば布引の滝という言葉から神戸の会社を連想したが西宮だった。但し、原料水は布引山麓の湧出井戸より西宮工場へ運搬使用しているそうだ。

気がついてみるとお客さんは更に増え、男性客に混じって女性客も和気あいあいと楽しんでいるのが印象的だ。声を掛けていた久保町の事務所で働く知人女性も加わった。「仕事帰りにのぞくとお客さんが一杯で入りにくい気がした」そうだが、「これで明日から一人で来れるね」と囁いた。今回の筆者らのような一見にも常連さんはとても親切に接してくれた。

後に”セッちゃん”にとって角打ちとは何かと聞くと「お客さんから元気をもらっています」と。お客さんとて”セッちゃん”から元気をもらっているに違いない。そんな憩いの場での一夜、楽しませていただいた皆様、ありがとう。そして、このような場をいつまでも続けられることを祈ってやみません。

「横山酒店」
神戸市長田区久保町9丁目1-6
TEL078-611-5616
営業時間 17:00~21:00
定休日 日曜

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28杯目「森下酒店」

古いままを大事にしたい

JR鷹取駅から南に数分のところに森下酒店がある。阪神淡路大震災で甚大な被害があったところで、あの日から25年の節目を迎えた。震災後も営業していた井村酒店(海運町3)、谷川酒舗(海運町3)、中島酒店(海運町7)はすでに廃業して、界隈の角打ちは森下酒店が残るのみである。

森下酒店は昭和42(1967)年に二代目店主の森下貴央(たかひさ)さんの父が創業、半世紀を越える老舗である。前述のように大震災があったところだが、森下酒店の建物は、その震災にも耐え残り今がある。

10年以上前に取材した”神戸立ち呑み八十八カ所巡礼”にて「酒屋にしては若い店主夫妻が店を切り盛りしており、高齢化と後継者難という業界を取り巻く問題もクリアしての営業で安心感がある」と紹介したが、50代の働き盛りになった森下さんは、まだまだ若い。

店の外からは想像もできないが、店内に一歩足を踏み入れると、そこは昭和の時代を彷彿させるに十分な渋い佇まいである。立ち飲みなのでカウンターもあるが、テーブル7、8台に椅子を置くかなりのキャパシティがある。この風情に目をつけ、自主映画「れいこいるか」のロケに使われたこともある。

神戸の立ち飲みの特徴は椅子の有無ではない。酒屋の一角で飲むことが、すなわち立ち飲みと言われる所以であるから、大阪などの立ち飲みとは一線を画すことは知っていただきたい。

立ち飲みのメッカ長田で朝早くから繁盛している店のひとつで、酒は兵庫の香住鶴を始めとして高知の土佐鶴、広島の賀茂鶴、新潟の八海山などが揃っている。また焼酎の種類も豊富。カウンターに並んだ奥さんの手料理(*)が美味しいとなれば、さらにもう一杯と酒が進む常連さんには申し分のない店である。最近の傾向として日本酒の注文や女性客が増えているそうだ。

いつものように瓶ビールと神戸では珍しい紅しょうがの天ぷら、ミミンガ(豚のミミ)をもらった。紅しょうがについて調べたことがあった。ある調査によれば紅しょうがの天ぷらを食べる人の割合は大阪65%、奈良62%、和歌山75%、兵庫34%となっている。神戸でも皆無と言うわけでもなく大安亭のてんぷらの三宅で買った紅しょうがは乙な味がしたことを覚えている。一方、ミミンガは塩かタレをかけて食べるのだがコリコリとした食感が心地よい。

森下酒店の朝は夜勤明けの方、昼間はリタイヤされた方、夕方からは仕事帰りの方に愛用されているようだ。夕方から取材させてもらったのだが、あっと言う間にテーブル席が埋まり、カウンター席もダーク状態になった。これだけ客が増えると勘定も大変だなと、心配してしまう。

それはさておき、震災時のことを森下さんに聞いてみた。被災された方や復興の応援に来られた方で店はたいそう忙しい状態が続いたそうである。筆者が思うには疲れを癒したいということは勿論あるだろうが、人に話を聞いてもらいたい、人と話がしたいこともあったであろう。角打ちは安らぎを与えてくれるコミュニティーのひとつであると思う。

ビールも空になったのでハイカラ神戸の角打ちには必ずあるコンビーフとホワイトアスパラから、アスパラと筆者はハイボール、カメラの福田さんは香住鶴の季節商品となる「香住の雪見酒」を追加した。

コップ酒のコップは大阪府小売酒販組合のものを使用しているので200ccたっぷりと入る。ここが最近の立ち飲み処と明らかに違うところである。福田さんの注文した酒のコップには桜正宗の刻印があるが間違いなく200ccである。蔵元の名前が入ったコップも希少品になってきているので、手に入りそうなときには入手しておくべきである。

隣席のお客さんとも仲良くなり角打ちの話で盛り上がった。女性客の一人は「ここは大人のお客さんが多いので好きなんです」と魅力の一端を教えてくれた。また別の方は「話し声が居酒屋のような高音の雑音ではなく、耳に心地よく聞こえるので気にならない」と、意外な視点に驚かされた。

神戸の角打ちでは冬場にはたいてい粕汁が提供される。森下酒店では菊正宗の酒粕を使ったものを出していると聞いたのだが、常連さんとの会話に夢中で注文するのを失念してしまった。福田さんはカメラに収めていただろうか。

お手洗いの入り口に「LAVATORY」と英文で書いた看板が気になるのは筆者だけではあるまいと、確かめてみた。JR鷹取駅で使っていたものを、鉄道ファンのための即売会で購入したものだそうである。「手洗所」の文字の下の英語表記がいかにも昭和の香りと言えるもので、「この古いままをいつまでも残したい」と話す森下さんが、後世まで残したいものの一つかも知れない。

最後に森下さんにとって角打ちとは何かと聞いてみた。考えたこともないそうだが「仕事ではあるけど、いろいろな人と出会えるのが楽しい場所」とのことである。

粕汁を注文しなかったことが悔やまれる。冬場のうちに再訪問決定である。

※筆者注(*)手作りのアテは準備の都合上、夕方の午後4時ころからの提供になります。

「森下酒店」
神戸市長田区長楽町3丁目8-8
TEL078-731-3963
営業時間
10:00~22:00(月曜~金曜)
10:00~21:00(土曜)
16:00~19:00(祝日)
定休日 日曜

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