【特集】聞こえる世界と聞こえない世界 狭間を生きる「コーダ」の女性

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耳の聞こえない親のもとに生まれ、幼い頃から手話やろう者の文化に触れながら成長した1人の女性がいます。
聞こえる世界と聞こえない世界。狭間を生きる女性を取材しました。

聞こえない親の元に生まれた聞こえる子ども コーダたち

種池成理恵さん、20歳。社会人1年目。
耳の聞こえない両親のもとに生まれ、幼い頃から手話を使って生きてきました。自身は聞こえる子どもとして橋渡しを担ったこともあります。
成理恵さんは2023年3月、大阪で開かれた集いに参加しました。

母と手話で話す成理恵さん

【聞こえない両親のもとに生まれた種池成理恵さん(20)】
「同じ考え方の人が本当にいないのでそういう人がもし見つかったらすごくやりやすいだろうし新しい関係性とかできるのかな。それは楽しみ」
この日、参加した人たちにはある共通点がありました。

【父親が聞こえない 中島武史さん】
「手話ができる、できないも関係ない。コーダをみんなにいっぱい知ってもらうことで生きやすくなっていく」

集まったのは成理恵さんと同じ、聞こえない親のもとに生まれた聞こえる子どもたち。
“コーダ”です。

【両親が聞こえない成理恵さん】
「祖父母も手話ができない。声で喋りたい祖父母と両親の間に立ってずっと通訳ばかりしていた」

【父親が聞こえない女性】
「ろう者と話していなくても学校の友達と話しているときにぱって(手話が)出ちゃったりするときはたまにある」

【両親が聞こえない男性】
「奥さんと同棲生活を始めた時に『あんたの行動全部うるさい』と言われて、扉を閉める音、足音、冷蔵庫の音、それがうるさいということに家にいると誰も教えてくれなかったから」

年齢や性別は違えど、同じ「コーダ」という立場だからこそ分かり合えることがありました。
耳が聞こえない両親のもとで生まれた成理恵さんが手話を母語のように身に着けていくのは自然なことで、家族の中では通訳を担うこともありました。

両親を通して知った聞こえない世界 自分にとっても大事なものに

【両親が聞こえない成理恵さん】
「電話に出るとか、袋いりますか?とかいうの、その時はなかったので親に通訳したりというのは結構好きだったし率先してやっていた気がします。親を助けているというよりかはやらないとあかんこと、当たり前だったので」

両親を通して知った聞こえない世界はいつしか成理恵さんにとっても大切なものになっていました。

母と手話で話す成理恵さん

成理恵さんは専門学校に通いながらアルバイトを始めました。
耳の聞こえないオーナーが経営するこの店では聞こえない人も聞こえる人も手話で会話を楽しむことができます。
この日は、オーナーと顔なじみの母・麻祐子さんも来店しました。

【成理恵さんの母・麻祐子さん】
「きょうは娘の働く様子を見たいと思って来ました。家ではいつも家事をしないんです。ここのお店ではきちんと働いている姿を見て素晴らしいな、成長したなと思います」

成理恵さんは聞こえない人たちと関わる機会を積極的に増やしていきました。

【両親が聞こえない成理恵さん】
「私、小学校の時まで自分はろう者だと思っていたの。自分は聞こえるけど、親はろう者だし」
友人の松尾香奈さんは京都大学に通う学生です。

2人は近畿のろう学生が集う団体で出会いました。

【ろう者 松尾香奈さん】
「成理恵さんは手話の感じというかリズムがろうっぽいからろうだと思った。手話で話していたけど店員さんが来た時に声で話し始めたからえっ!?って思って『コーダ?』って思った」

手話サークルで講師を務める麻祐子さん

周りであふれる音をものともせず、手話で会話する時間。いまこの時、成理恵さんは聞こえない世界にいます。

【両親が聞こえない成理恵さん】
「私は小さいときは2つの世界に子どもだから揺さぶられる感じだけど家庭とかは“ろうの世界”みたいな感じ。私に合う、私が求めているものはそれかなと思っています」

幼い頃から接してきた聞こえない世界。
限りなく近くにいながらも、耳が聞こえる成理恵さんがその中に入り切ることはできません。母の麻祐子さんは狭間で揺れる娘を見てきました。

【成理恵さんの母・麻祐子さん】
「聞こえない親を持つ娘としてろうの世界、私たちが活動している世界は手話が当然使われているので自分もそこに一緒にいたいなという気持ちがあるんだろうと思います。私は聞こえる。ろう者ではない。コーダという立場でもほっとできる場所、そういう場所が欲しいということですよね」

麻祐子さんは聞こえない自分たちを理解してほしい、その一心から聞こえる人たちに手話を教えています。

「聞こえる世界だけでは生きづらい」 コーダの思い

2023年3月、大阪で開かれた集まり

【成理恵さんの母・麻祐子さん】
「子どもたちに聞こえない人たちを理解してほしい。子どもたちもかわいいし、覚えるのも早い。コーダもろう者も聴者も暮らしていきやすいように理解が広まればいいと思う」

20年という人生の大半を聞こえない社会と関わって過ごしてきた成理恵さん。
自分がいる聞こえる環境に生きづらさを感じたこともありました。

【両親が聞こえない成理恵さん】
「ろうの友人とみんなでご飯に行ったときにさっきまで普通にしゃべっていたんですけど店員さんが話しかけてきた時にそこにいた人たちが私をパッと見たんです、聞こえるから。違うんだなと思ったし、もし聞こえなかったらみんなと同じになれるのになって思いました」

自分と同じ立場のコーダはどんな人生を生きているのか―

成理恵さんはコーダと出会うために新しい環境に飛び込みました。

【両親が聞こえない成理恵さん】
「多分、どこかで孤独というか自分は違うと気づいてしまってコーダというのでそれで聞こえない人たちの世界にも入ったんですけどそこでもまた違う。聞こえる世界と聞こえない世界両方で生きていく中でどうしても一緒になれないと思って開き直る。考えが違うコーダでも立ち位置は一緒。そういう人と関われたら気持ちは楽になって葛藤は今はあまり感じていないです」

成理恵さんは思いを同じコーダに打ち明けることができました。

ろう者 聴者 ”コーダ” 見つけていく自分の世界

インタビューに答える成理恵さん

この春、学校を卒業し、社会人となった成理恵さんは一人暮らしを始めました。
新たな道を歩む娘を母は静かに見守っています。

【成理恵さんの母・麻祐子さん】
「聞こえる人、コーダ、ろうの人たち。いろんな世界を超えるというか…人として。社会にはいろんな人たちがいるということをしっかり分かってほしい。線引きするのではなくてみんな一緒になって歩いてほしいなと思います」
成理恵さんは母のもとに生まれたからこそ得られた手話という言語や経験を大切にしていきたいと思っています。

「コーダというアイデンティティが嫌になったことはあった。悩むこともあったし傷ついたこともあったし、そこは変わらないけど他の子が作るような難しい対人関係も築けたと思うので、なんだかんだ良かったのかなと思います」

聞こえる世界と聞こえない世界。
どちらでもないコーダとしての自分の世界を見つけるために成理恵さんは歩んでいきます。

 

 

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