予期せぬ妊娠や、頼る人がいない中での育児で悩む女性を救うため、国や行政が動き出しています。 これまでも支援の現場の最前線に立ち、さらに活動を広げるべくある決断をした神戸の助産師を取材しました。
神戸市北区の、マナ助産院。 院長を務める助産師の永原郁子さん(65)。30年近く、地域に根ざした運営を続けてきました。
【永原さん】
「本当にね、陣痛って誰が生まれる時も分からない」
【越智春菜さん】
「きょうも足湯をしてきました」
【永原さん】
「涙ぐましい努力…階段上りもして?」
第一子の出産を控えている越智春菜さんです。 自分の母親もここで出産した経験があり、永原さんのもとを訪れました。
マナ助産院は、誘発剤などの医療行為に頼らず、自然な分娩を目指して、妊婦がリラックスできる環境が整えられています。
【越智さん】
「ここで産みたいなと思います。残り2日を過ぎたらもう違う病院になってしまうので、せっかくここまで診ていただいたのでマナさんで取り上げていただけたら」
■地域に根差し30年 見届けてきた命は2200人以上にのぼる
マナ助産院2歴代のアルバム
マナ助産院で誕生した命は2200人以上にのぼります。
【永原さん】
「このころはね、水中出産が多かったんですよ。お湯の中で生まれてる。今はほとんどないけど。
緊張が強いとお産って進み悪いんですよ。そういう方はちょっとお風呂に入ることはするけど、お風呂の中で産むのはこの頃まずない」
新たな命の誕生を見守り続けてきた永原さん。しかし、全てが幸せな妊娠ばかりでないことを痛いほどに感じてきました。
■全てが幸せな妊娠ではない 痛いほどに感じた妊婦たちの現実
「1日に換算すると大体1000人ほどの赤ちゃんが中絶されている。そんな国ですね。その命を絶つということで女性がどれだけ傷つくか、7割の女性が罪悪感を持つと厚労省の調査で出ている。
実際に私たちのところにも『中絶したけど思いの外しんどい』という電話がちょこちょこかかってきます」
永原さんには、もうひとつ使命をもって取り組む活動があります。
助産院の隣にある「小さないのちのドア」。 予期せぬ妊娠などで頼る人がいない女性を保護し、社会復帰に向けて支援する施設です。 「特定妊婦」と呼ばれるこうした女性は、全国におよそ8000人いるとされています。
■「今、国が変わろうとしている…」 永原さんの決断
国の施策として、兵庫県は全国に先駆けて「特定妊婦」の支援を始めています。 これまでほとんどを寄付金で運営してきた小さないのちのドアは、ことし6月から県の委託を受け、さらに事業を拡大しています。
しかし、その活動はまだまだ手探りの状態。永原さんは小さないのちのドアの活動に専念するため、ひとつの大きな決断をしました。
【永原さん】
「これだけ日本の国が変わろうとしていることの一番先頭に立たせていただいている私がふたつのことをできないなって、つくづく思ったんですよね。県庁から用事が終わって帰る道すがら、『これはもう無理だな』と思って、お産を8月でやめようと」
■絶え間なく届く女性たちからのSOS 傷つく心に寄り添う難しさ
相談の画面
小さないのちのドアは、SNSや電話などで、思いがけない妊娠や出産の相談に24時間応じています。
【永原さん】
「妊娠反応がプラス(陽性)だったという相談と、妊娠したかもしれないという相談とが同じくらいの比率でありますね」
絶え間なく届く、女性からのSOS。傷ついた心に寄り添うのは簡単なことではありません。
【小さないのちのドア 西尾和子施設長】
「早い子は3分で(LINEを)ブロックされます。3分返ってこないともうブロックになってしまうこともあるので、既読を付けたらすぐ返すようには心掛けています」
【永原さん】
「『私がここに相談してはいけなかったんですね』とか否定的な言葉を投げかけられるというか、全くそういうことじゃないんですけどね。だから既読つくのが怖いんです」
それでも、ひとりでも多くの命を救いたいという願いは変わりません。
■「生まれてきてくれてありがとう」 最後の母子を見届ける
越智先生と赤ちゃん
越智さんが元気な女の子を連れてやってきました。 予定日が一定期間過ぎ、誘発剤を使用するため、連携する病院で出産をしました。希望していた自然分娩は叶いませんでしたが、母子ともに健康です。
見届けてきた赤ちゃんは2243人となりました。 永原さんにとっての、最後の母子です。
【永原さん】
「人生のスタートを扱わせていただいて、これで最後、この手で取り上げるのは最後なんです。 でもいろんな形でお産のサポートはこれからもしていけるし、お産を取るのは後の方に託していきたいと思います」
■全ての母子に光を 永原さんは手を差し伸べ続ける
スタッフとの記念撮影
助産部門を終えても、永原さんの教えは、ともに歩んできたスタッフたちに引き継がれています。
【マナ助産院のスタッフ】
「自然なお産っていいなって思っていて、ここで勤めだしたら病院とは違うなと感じたんですけど、何よりも私が幸せで」
「もうあと何年生きられるか分からないんですけど、涙が出てきて…すみません。思い出いっぱい詰まった助産院です。本当にありがとうございました」
【永原さん】
「いろいろ世の中動いていますので、母子保健や特定妊婦の方々の支援が手厚くなってきているので、本当の意味で困った妊産婦さんたちが笑顔になれるというか心乗るシステム、社会の仕組みができるように発信していきたいと思います」
全ての母子が幸せでありますように。そう願いながら、永原さんは手を差し伸べます。
【小さないのちのドア】相談はLINEアカウントや、(078ー743ー2403)で24時間受け付け