元西播磨県民局長の男性が作成した文書を巡る問題について、告発した男性を公益通報の保護対象とせず、懲戒処分した県の対応に問題はなかったのでしょうか。大阪弁護士会の公益通報者支援委員会の副委員長 三浦直樹弁護士と、元朝日新聞記者で内部告発に詳しい上智大学文学部の奥山俊宏教授に話を聞きました。
2021年の知事選や次の知事選に向けて投票依頼の事前運動があったのではないかという疑惑や高級コーヒーメーカーなど贈答品をもらっていた疑惑。
金融機関への補助金増額の見返りとして、阪神・オリックスの優勝パレードの協賛金の寄付をさせた疑惑や斎藤知事のパワハラ疑惑など7つの項目が記され、兵庫県は、内部調査から「核心的な部分が事実でない」と否定しています。
元西播磨県民局長の男性は、3月12日、文書を一部の報道機関や議員に配布しました。情報提供によって斎藤知事は3月20日に文書を把握。翌日の21日に当時の片山副知事や幹部職員と協議し、調査を指示しました。3月25日に片山元副知事らが男性から直接事情を聞き、県は男性の公用パソコンを預かり調査を行いました。この時、斎藤知事は、男性が文書の作成を認めたこと。また、「うわさ話を集めて作成した」と供述したことを片山元副知事から報告を受けたそうです。
男性は、3月末に定年退職を迎える予定でしたが、3月27日、県は男性の定年退職を取り消し、西播磨県民局長を解任しました。男性は、4月4日、兵庫県職員公益通報制度の窓口に通報。しかし、その結果を待たずして、5月7日、県は、内部調査によって「核心的な部分が事実と異なる」などとして、男性を停職3カ月の懲戒処分としました。この問題を受けて6月13日、兵庫県議会は百条委員会の設置を決定。7月19日に男性の証人尋問が予定されていましたが、7月7日、元西播磨県民局長の男性は自ら命を絶ちました。
一部の報道機関などに送られた文書について、斎藤知事は「嘘八百」と語り、すでに3月27日の時点で懲戒処分を検討していました。
3月27日斎藤知事記者会見
「嘘八百含めて文書をつくって流すという行為は公務員としては失格ですので、本人も認めているんですけど事実無根の内容が多々含まれている文書です。本人も作成と一定の流布を認めていますので、懲戒処分を行うことになると考えています」
その翌週の4月4日、元県民局長は兵庫県職員公益通報制度の窓口に通報しました。その後、「県内の企業から知事に贈られた」と文書に記されていた高級コーヒーメーカーについて産業労働部長が受け取り、3月に返却していたことが発覚。県は、産業労働部長を訓告に。また、文書を作成した元西播磨県民局長の男性を停職3カ月の懲戒処分としました。
5月8日斎藤知事記者会見
「弁護士を入れた人事当局の調査によって、記載内容の『核心的な部分が事実でない』と明らかになった発言。全体として見れば7つの項目全てが事実に反していると」
7月7日、「死をもって抗議する」という趣旨のメッセージを残し、元県民局長は自ら命を絶ちました。
7月8日斎藤知事記者会見
「大変心からショックを受けています。心からお悔やみを申し上げたいと思っています」
元県民局長が亡くなって1カ月後の8月7日、斎藤知事は、嘘八百の発言を謝罪した一方で、「文書の配布は公益通報にあたらず懲戒処分に問題はなかった」との認識を示しました。
8月7日斎藤知事記者会見
「3月27日の会見におきまして、嘘八百を含めて文書を作って流す行為は公務員としては失格という強い表現をしたことについては反省をしております。信ずるに足りる相当の理由が存在したというのは認められず、法律上保護される外部通報にあたらないと認識しております。元西播磨県民局長は3月25日において、文書はうわさ話を集めて作成したものであると説明しております。真実であることを裏付ける証拠、関係者による信用性の高い供述などが存在することは説明されていませんでしたので、人事異動や懲戒処分に問題はなかったと考えております」
斎藤知事の認識や兵庫県の対応に異を唱える弁護士がいます。大阪弁護士会の公益通報者支援委員会の副委員長 三浦直樹弁護士です。
三浦直樹弁護士
「最初の外部通報、マスコミ他への通報をしたことをもって懲戒の対象にしたということ、いわゆる不利益取り扱いをしたということなので、私はそれも公益通報者保護法に違反していると思います」
公益通報者保護法では、公益のために通報を行ったことを理由に通報者が不利益な取り扱いを受けることを禁じています。
三浦直樹弁護士
「公益通報者保護法の理念に照らしてあってはならないこと。やってはいけないことがなされたんだろうと思います」
報道機関などへの文書の配布は、通報者が保護を受けるための要件でもある「信ずるに足りる相当の理由」が存在しないため、公益通報にはあたらないとする斎藤知事の見解については。
三浦直樹弁護士
「真実相当性があるかどうかというのは、通報された側が判断していいのかということだと思うんですよ。第三者機関が判断すべきことであって、公益通報者保護法が保護を与えようとしている真実相当性があれば保護されるということがないがしろになっていますよね」
元朝日新聞記者で内部告発に詳しい上智大学文学部の奥山俊宏教授は、兵庫県の認識に誤りがあると指摘します。
奥山俊宏教授
「兵庫県はあの文書に証拠が添付されていないとか、あるいは、情報源が明示されていないとかそういう理由を持って真実、信ずるに足りる相当な理由がないと説明しているようですが、それは誤りです」
外部からの通報のガイドラインに証拠となる資料や関係者の供述のみならず、供述内容の具体性や迫真性などによっても認められる可能性を十分に踏まえ、柔軟に対応することが明記され、内部からの通報にもあてはまると指摘します。また、元県民局長が片山元副知事らに「うわさ話を集めて作成したもの」と供述したことについては。
奥山俊宏教授
「私もかつて記者をしていたので、取材源、情報源、どこから聞いたのかということをやすやすと信頼関係がない相手にしゃべる、話すということは基本的にはいたしません。単なるうわさですよという形でごまかすということもありうることなのかなと。報道各社に説明した内容とはかけ離れていますし、常識的に考えて本人が認めるはずもない」
本人が「うわさ話を集めて作成したもの」と認めたという兵庫県の主張を覆す文書が存在します。「嘘八百」という会見の5日後の4月1日、元県民局長は、報道各社に反論文を送っていました。
【反論文】
「先日の知事記者会見の場で欠席裁判のような形で私の行為をほとんど何の根拠もなく事実無根と公言し、また私の言動を事実とは異なる内容で公にされました」
「ありもしないことを縷々並べた内容を作ったことを本人も認めているという知事の発言がありました」
「私自身がそのことを認めた事実は一切ありません」
奥山俊宏教授
「ずさんというか悪意を持って捻じ曲げたとしか考えられないような説明を3月27日の記者会見でやっていて、それをさらに変遷させて今回8月7日の記者会見では、うわさ話を集めて作成したというふうに説明しました。知事の説明。県の説明はいずれも信用できないと私は思います」
元県民局長は、県の公益通報の窓口での通報よりも先に報道機関に文書を送りました。4月1日の反論文でも。
【反論文】
「本来なら保護権益が働く公益通報制度を活用すればよかったのですが、自浄作用が期待できない今の兵庫県では当局内部にある機関は信用出来ません」
奥山俊宏教授
「どの順番で公益通報しなければ公益通報にならないという関係性にはありません。今回行われたように誰が告発者なのか探索が行われて不利益な扱いを受けることが見え見えであるような場合は、これは報道機関に直接内部告発することが公益通報者保護法の保護しようとする公益通報に該当しうる」
元県民局長の告発に対する県の対応については、奥山教授も三浦弁護士も疑問を投げかけています。
奥山教授
「知事が知事に対する告発文書の内容の真偽、正しいか真実かどうかということについて、簡単に判断を下すというやり方、これはまさに不適切の極みだと私は思います」
三浦弁護士
「匿名の通報の段階で犯人捜し、通報者は誰かということは絶対にやってはいけないことなんですよ。しかも通報を受けた側が。真っ先にやってはいけない不利益処分をしたというのは本当にあってはならないことだと思います」
県議会の百条委員会は、8月9日、一連の県の対応についても検証する方針を示しました。
奥谷謙一委員長(弁護士)
「多くの議員さんがこの公益通報のことについて調査をするべきだと。今後しっかり検討したいと思います」