「息子の無念を晴らしたい」 7年前の事件で息子失った女性が初めて講演

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12月1日。神戸市で犯罪被害者週間に合わせた講演会が開かれました。この日、初めて自らの経験を話した遺族の女性がいます。

【山内千恵子さん】
「私は2015年3月28日、尼崎の踏切で『けん押し行為(=自転車をバイクが後ろから押すこと)』をされたことによって突然命を奪われた息子の母です」

尼崎市に住む山内千恵子さん。7年前の傷害致死事件で、次男の美輝さんを亡くしました。こうして事件を語るまでに、多くの悲しみを抱えてきました。

【山内さん】
「明るく周りの子を楽しませる、誰にでも優しくうそが隠せない子でした。私たちにとって大切な、大切な子であり家族でした」

2015年3月、山内さんの次男・美輝さんは、自転車に乗っていたところ、ミニバイクに乗った当時16歳の元少年に自転車を後ろから無理やり押されて踏切内に押し出され、電車にはねられ死亡しました。元少年は、無免許でした。

【山内さん】
「なんで美輝は(元少年と)話したこともあまり接したこともないのにどうして会ったのだろうとか、美輝はけん押し行為をしたこともされたこともなかったので、すごく怖くて大声を出していると目撃者の方もいろんな方から聞いた」

年の離れた兄と姉。3人兄妹の末っ子だった美輝さん。誰にでも優しい、活発な子でした。

【山内さん】
「人懐っこい子で、こたつに入ったら一緒に入ってくる、そういう子でした。かわいくて、かわいくて。美輝は私にとって理想の男の子でした」

大切な家族を突然奪われ、山内さんたちの生活は一変します。

【山内さん】
「近所のスーパーに買い物にも行けなかったし、近くの小学校や中学校で運動会をしているのも聞こえてくるんですけど、それも辛かったですし、楽しくしている人を見るのは辛かったですね」

さらに、元少年を美輝さんの「友人」と報道されるなど、山内さんの心の傷はさらに深いものになりました。

元少年は刑事裁判で不定期刑となり、損害賠償を求めた民事訴訟でも5200万円の支払いが命じられましたが、美輝さんの無念を晴らせるわけではありません。

山内さんのように犯罪被害にあった人をサポートする、「ひょうご被害者支援センター」。遺族からの相談や行政とのパイプ役を担い、ことしで設立20年になります。

【ひょうご被害者支援センター 遠藤えりな事務局長】
「亡くなった人は戻ってこないわけですから、ご遺族の悲しみやつらさ、怒り、しんどさは何も変わらなくて、決して(被害者支援の)制度ができたその上にあぐらをかくのではなくて、『これだけのことが整ったから被害者支援できています』で終わりではなくて、これでいいのかなというのは必ず見直して変えていく方向にできるように常にやっていかないといけない」

今回、山内さんが講演で伝えたいことのひとつが、支援をしてくれた人たちへの感謝の思いでした。

【山内さん】
「事件の真相を一番知ってほしいのと、支えてくれた人たちがこんなにいたことを知っていただきたい。そして犯罪被害者になってもひとりではないんだよと。同じように犯罪被害に会った方が生きている姿を見てほしいかな」

辛く先の見えない日々でも、心の拠り所だったのが、遺族同士の交流です。2010年、神戸市北区で息子を殺害された堤敏さんも、山内さんに寄り添い続けてきました。多くの人に支えられ、歩んだ7年でした。

【山内さん】
「息子が亡くなってからは眠ることができなくなり、夜中に目を覚ますと事件現場まで30分かけて歩きました。
何度も何度も息子の所に…と考えたこともありました。でも、家族、息子の友人たちのために、どんな私でもいい、笑えなくてもいいから生きようと思いました。強くない母だけど、息子の無念を晴らすために、何も言うことができない美輝のために。」
「息子は今でも『母さん、俺なんで死んだん?生きたかったよ、一番楽しい時だったんよ、なんで』という声が聞こえてきます。その声は当時から今も、そしてこれからも消えることはありません。私はそんな息子の声をずっと、これからも届けないといけないと思います」

【講演を聞いた人】
「よくぞお話していただけたなと(思った)。すごく貴重な時間をいただけて、ただただ頭が下がる思い」

同じ思いをする人がひとりでもいなくなるように。美輝さんの面影を胸に、山内さんは願い続けています。

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