36杯目「材木酒店」

元プロ野球の名選手も通った老舗角打ち

長田区の角打ち巡礼を終え、歴史の街・須磨の板宿にやって来た。市営地下鉄と山陽電車が停車する板宿駅周辺は、西神戸有数の繁華街として栄え、駅から北に板宿本通商店街が続く。周囲は住宅地で滝川学園、育英高校、須磨学園といった歴史のある私立学校がある学生の街である。桜の名所として知られる妙法寺川に沿って北に進むと板宿八幡神社、禅昌寺、萩の寺(明光寺)、那須神社などに至る風向明媚な土地柄でもある。

市営地下鉄と山陽電車のどちらも神戸の中心、三宮駅へのアクセスが便利なため、交通のハブ的な役割を担っている。このため板宿本通商店街を中心に様々な店舗が軒を連ね、サラリーマン相手のいい飲み屋も少なくない土地柄である。

まずは風格のあるたたずまいの材木(ざいもく)酒店を訪れることにしよう。地元の有名人、ターザン山下氏の巨大な顔のバナーが掲げられた板宿本通商店街を北に抜け、滝川学園の門を右手に見ながらしばらく歩くと材木酒店にたどり着く。

広島から神戸に出てきた初代が昭和の初期に創業した、と三代目の材木章純さんに聞いた。初めて訪問した時に見た1升瓶が並んだ壮観な棚が、材木酒店の長い歴史を物語っていた。

現在は章純さんと先代夫人である母、澄子さんがのれんを守るが、角打ちは主にお母さんが担当する。お客さんは、近所の常連さんが多いのは当たり前だが、地下鉄に乗って遠く西神から来る方や、50年来の方と幅広い。常連さんに連れてきてもらってなじみになることも多いようだ。他の角打ちと同様に朝はご隠居さん、夕方からは仕事帰りのお客さんでにぎやかになる。

「西さんのおじいちゃんもよく来てくれました」とお母さんは懐かしがった。おじいちゃんとはアスキーを創業しマイクロソフト副社長も務め、現在学校法人須磨学園学園長である西和彦氏の祖父のこと。

材木酒店の広報部長を自認する中田清成さんによれば、材木酒店には自慢できる日本一が二つあると言う。一つは、店のお孫さんが国体のレスリングで優勝したことで、もう一つは、東京六大学野球からプロ野球の近鉄パールスで活躍し、外野手最多補殺日本記録をもつ日下隆さんだ。プロ野球引退後は、名門三田学園高校をセンバツに3度導き、教え子には山本功児や淡口憲治、羽田耕一がいる。その後店から近い育英高校の野球部監督も務められた。品の良いおじいちゃんという感じの日下さんは、材木酒店では、常連客に先生と慕われていた(2010年死去)。店と常連客同士の交流を見るにつけ、いい酒場だとつくづく感じた。

朱色のカウンターに席を取りサッポロビール赤星を注文する。アテはカウンター上に並べてある天ぷらで乾杯をする。まだ肌寒く感じる3月だが、1杯目のビールはうまいなあ。

時計の針が5時を回ると仕事帰りのお客さんが増え始めた。角打ちなので基本は立ち飲みであるが、材木酒店には大きなテーブルがあって椅子が入っている。お客さんが高齢化してくるのに併せて椅子を入れる例はよくあるが、10年以上も前に来た時にはすでに椅子が入っていた。このテーブルを囲んで一日の疲れを取るお客さんも少なくない。

筆者もたまに寄るので、名前は存じ上げないが顔がわかる常連さんに、改めて材木酒店の魅力について聞いてみた。
「家から近くて、憩いの場所になっています。安くてとても気に入ってます」
「若い人から大学教授まで、いろいろな人が来てていろいろな話が聞けますよ」
「通勤の途中にあるので便利。仕事帰りに途中下車して寄ります」
「お客さんの人柄が良いですね。一日の仕事を終え、”お疲れさん”と言い合える癒しの場です。嫌なことがあっても明日の活力をもらって帰れます」

まさに角打ちの効用と醍醐味が詰まった言葉の数々に納得させられた。角打ち未体験の方も超高齢化社会の到来を見越し、自分の居場所つくりにも最適ではないだろうか。

お客さんの話を聞いている間にも人が増え、この日はおっちゃん達に混じって女性客もちらほら。そう、材木酒店は和気あいあいとした雰囲気なので入りやすく、初めての客にも優しい。だから女性客が立ち寄ることも少なくないのであろう。

熱燗を追加した。燗をする道具や方法も店によって様々であるが、ここ材木酒店は電子レンジを利用する。200ccのコップに八分目くらい入れて、チンしたあと残りを追加して飲み易い温度に調整するのである。酒は西宮郷の白鹿だった。美味である。アテはナビスコプレミアムクラッカーやしゅうまい、おでんなどをもらったが、何を注文してもお客さんとの会話がアテになる。

さらに「年末の30、31日には年越しそばが振る舞われますよ」と教えてくれた。今年の大晦日には足を運ばねばと、すぐさま手帳にメモをしたのは言うまでもない。

最後に澄子さんに”角打ちとはどういう存在”かを聞いた。
「先祖から受け継いだ大切なもの、元気の素、体が動く限り続けたいですね」

昭和初期の創業なので、まもなく百年を迎えることになる。材木酒店の日本一や会話も含めたうまいアテを、常連さんだけのものにするのはもったいない。みなさんにも、ぜひこの空間を共有しに寄ってもらいたい。

「材木酒店」
神戸市須磨区養老町3丁目1-11
TEL078-733-7777
営業時間 9:00~21:00
定休日 2日、12日、22日 但し16:00~21:00は営業

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