28杯目「森下酒店」

古いままを大事にしたい

JR鷹取駅から南に数分のところに森下酒店がある。阪神淡路大震災で甚大な被害があったところで、あの日から25年の節目を迎えた。震災後も営業していた井村酒店(海運町3)、谷川酒舗(海運町3)、中島酒店(海運町7)はすでに廃業して、界隈の角打ちは森下酒店が残るのみである。

森下酒店は昭和42(1967)年に二代目店主の森下貴央(たかひさ)さんの父が創業、半世紀を越える老舗である。前述のように大震災があったところだが、森下酒店の建物は、その震災にも耐え残り今がある。

10年以上前に取材した”神戸立ち呑み八十八カ所巡礼”にて「酒屋にしては若い店主夫妻が店を切り盛りしており、高齢化と後継者難という業界を取り巻く問題もクリアしての営業で安心感がある」と紹介したが、50代の働き盛りになった森下さんは、まだまだ若い。

店の外からは想像もできないが、店内に一歩足を踏み入れると、そこは昭和の時代を彷彿させるに十分な渋い佇まいである。立ち飲みなのでカウンターもあるが、テーブル7、8台に椅子を置くかなりのキャパシティがある。この風情に目をつけ、自主映画「れいこいるか」のロケに使われたこともある。

神戸の立ち飲みの特徴は椅子の有無ではない。酒屋の一角で飲むことが、すなわち立ち飲みと言われる所以であるから、大阪などの立ち飲みとは一線を画すことは知っていただきたい。

立ち飲みのメッカ長田で朝早くから繁盛している店のひとつで、酒は兵庫の香住鶴を始めとして高知の土佐鶴、広島の賀茂鶴、新潟の八海山などが揃っている。また焼酎の種類も豊富。カウンターに並んだ奥さんの手料理(*)が美味しいとなれば、さらにもう一杯と酒が進む常連さんには申し分のない店である。最近の傾向として日本酒の注文や女性客が増えているそうだ。

いつものように瓶ビールと神戸では珍しい紅しょうがの天ぷら、ミミンガ(豚のミミ)をもらった。紅しょうがについて調べたことがあった。ある調査によれば紅しょうがの天ぷらを食べる人の割合は大阪65%、奈良62%、和歌山75%、兵庫34%となっている。神戸でも皆無と言うわけでもなく大安亭のてんぷらの三宅で買った紅しょうがは乙な味がしたことを覚えている。一方、ミミンガは塩かタレをかけて食べるのだがコリコリとした食感が心地よい。

森下酒店の朝は夜勤明けの方、昼間はリタイヤされた方、夕方からは仕事帰りの方に愛用されているようだ。夕方から取材させてもらったのだが、あっと言う間にテーブル席が埋まり、カウンター席もダーク状態になった。これだけ客が増えると勘定も大変だなと、心配してしまう。

それはさておき、震災時のことを森下さんに聞いてみた。被災された方や復興の応援に来られた方で店はたいそう忙しい状態が続いたそうである。筆者が思うには疲れを癒したいということは勿論あるだろうが、人に話を聞いてもらいたい、人と話がしたいこともあったであろう。角打ちは安らぎを与えてくれるコミュニティーのひとつであると思う。

ビールも空になったのでハイカラ神戸の角打ちには必ずあるコンビーフとホワイトアスパラから、アスパラと筆者はハイボール、カメラの福田さんは香住鶴の季節商品となる「香住の雪見酒」を追加した。

コップ酒のコップは大阪府小売酒販組合のものを使用しているので200ccたっぷりと入る。ここが最近の立ち飲み処と明らかに違うところである。福田さんの注文した酒のコップには桜正宗の刻印があるが間違いなく200ccである。蔵元の名前が入ったコップも希少品になってきているので、手に入りそうなときには入手しておくべきである。

隣席のお客さんとも仲良くなり角打ちの話で盛り上がった。女性客の一人は「ここは大人のお客さんが多いので好きなんです」と魅力の一端を教えてくれた。また別の方は「話し声が居酒屋のような高音の雑音ではなく、耳に心地よく聞こえるので気にならない」と、意外な視点に驚かされた。

神戸の角打ちでは冬場にはたいてい粕汁が提供される。森下酒店では菊正宗の酒粕を使ったものを出していると聞いたのだが、常連さんとの会話に夢中で注文するのを失念してしまった。福田さんはカメラに収めていただろうか。

お手洗いの入り口に「LAVATORY」と英文で書いた看板が気になるのは筆者だけではあるまいと、確かめてみた。JR鷹取駅で使っていたものを、鉄道ファンのための即売会で購入したものだそうである。「手洗所」の文字の下の英語表記がいかにも昭和の香りと言えるもので、「この古いままをいつまでも残したい」と話す森下さんが、後世まで残したいものの一つかも知れない。

最後に森下さんにとって角打ちとは何かと聞いてみた。考えたこともないそうだが「仕事ではあるけど、いろいろな人と出会えるのが楽しい場所」とのことである。

粕汁を注文しなかったことが悔やまれる。冬場のうちに再訪問決定である。

※筆者注(*)手作りのアテは準備の都合上、夕方の午後4時ころからの提供になります。

「森下酒店」
神戸市長田区長楽町3丁目8-8
TEL078-731-3963
営業時間
10:00~22:00(月曜~金曜)
10:00~21:00(土曜)
16:00~19:00(祝日)
定休日 日曜

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