17杯目「中畑商店」

ビリケンさんとともに半世紀、いまや全国区に

喜劇王チャップリンが訪れたこともある新開地、吉美屋の少し南にハットを模したゲートがある。これこそ、”ちゃっぷりん”が身につけていた帽子であるが、現在ではこの辺りまでが新開地と呼ばれている。かつては国道2号を超えた稲荷市場の南端までの範囲に及んでいた。そのことは林喜芳著「わいらの新開地」(神戸新聞総合出版センター刊)に詳しい。

さて、兵庫区にあった稲荷市場、往時は神戸一の市場であったことを知る人も少なくなった。その市場の店舗も震災後、減りに減って、とうとう市場そのものが消滅してしまったが、界隈にはビリケンさんで有名な松尾稲荷神社がある。またダイエー発祥の地、サカエ薬局跡地もある。

稲荷市場の”よすが”を伝える店がわずか3店だけ残っている。その中に、串焼きホルモンの中畑商店がある。小豆島出身の中畑安弘さん、勝代さん夫妻が昭和43(1968)年に店を開き、移転もせず同じ場所で営業を続けて52年目になる。
最近は週刊誌に掲載されることも多く、中畑商店の存在を全国の人が知るようになった。その結果、北は北海道、南は九州から来客があり、中でも東京など首都圏からが多いようだ。また女性客も増え、10人がやっと立てる店の週末はてんてこ舞いの忙しさだ。

実際、取材の日には栃木県や奈良県からお客さんが来ていた。栃木県から来た人に店を知った媒体を聞いたところ、雑誌や食べログではなくYouTubeとのことで、これには正直驚いた。
半世紀の間には、いろいろなことがあったそう。取材帰りだったのか、作家司馬遼太郎氏が立ち寄り、中畑さん夫妻に向って「駆け落ちでもして出てきたのか」と聞いたという。何と失礼なことを、と思える事でも、今となっては夫妻にはいい思い出として残っているらしい。見渡すとイチローの色紙が壁に掲げてある。あのイチローも来たのだろうか。

市場の通路と店との間は、透明なビニールカーテンで仕切ってあるだけだが、昼間でも陰影があって哀愁を感じる店構えであった。”あった”と過去形で 言うのはアーケードが取り払われ、ついには市場そのものが消滅してしまったのだ。明るい状態で昼間から飲むのは罪悪感ありで、多少暗い方がいいに決まっている。

ホルモンは一串60円、アバラ、シンゾウ、レバー、ししとう、しいたけ、ねぎは120円と安く、串ホルモンをアテに一献するのが仕事後(いやそうでもないか)の楽しみである。串のほかにもアバラ、シンゾウ、センマイ、生レバー、ミノが皿で提供される。自家製のタレと相まって、こんなに旨いホルモンが安く食べられるのは、ここ以外には知らない。

メニューは壁に貼ってあるのだが、ついに英語バージョンが登場した。2019年秋にラグビーワールドカップ2019日本大会が開催され、来日中の外国人がついに中畑商店にも現れた。ということで急遽、近所にお住まいで常連の三宗匠氏の手により作成されたのである。

酒を飲んでいると近所の方が来られて、何十本と買って帰る姿に出会ったかと思うと、子供が駄菓子屋感覚で買って食べる光景にも遭遇した。中畑商店には小・中学生から高齢者まで、実に様々な年齢層のお客さんが来店する。記録を取っているわけでもなかろうが、今までの最高記録は男性で100本、女性ではビールを3本空けて串を70本食べた兵(つわもの)がいたとか。とてもまねできない。

10年前、中畑さんに聞いたことがある。
 「昔はにぎやかだったでしょうね」
 「福原の芸妓さんがよく来てましたね。その後、震災前はご飯屋があったので、女性客も多かったです。今は反対に男の人しか来ませんね」

と言うことだったが、全国的に知られるようになってから女性客が増えた。喜ばしいことである。ちなみに前述の「わいらの新開地」の松尾のお稲荷サンの項に次のような記述がある。

≪松尾ハンと言えば水商売の人達の守り神。新開地の混雑が漸く引き潮になる夜十時をさかいに、松尾稲荷には参拝客がふえてくる。勤め終えた水商売の女たちは嬉々として赤い鳥居のトンネルをくぐる。飲食店の女、小料理屋の仲居、カフエーの女給、そして福原の芸妓衆、それぞれに酔客嫖客を連れてのお詣りなので、境内は脂粉の匂いと嬌声とで塗りつぶされた。≫

閉店時間が近づいてきた。ご主人と女将さんが生ビールと冷奴で一日の疲れを癒し始めたのを見て、ほっこりした気分になった。新開地の吉美屋の大将があと5年で店じまいと宣言したが、中畑さんは「体の続く限り店を続ける」とうれしいことを言ってくれた。

賑やかだった頃に想いを馳せて、ビリケンさん参拝も兼ねて、お隣の「ひかり」の海苔巻お好み焼きと中畑商店の串ホルモンを食べに足を運んでみませんか。一度食べると間違いなく病みつきになるはずである。
これで一旦、新開地巡礼を終わり、来週からは灘五郷のお膝元である東灘区へ飛ぶことにする。

「中畑商店」
神戸市兵庫区東出町3-21-2
TEL:078-681-9598
営業時間 9:30~19:00
定休日 木曜、第三水曜

Bookmark the permalink.

コメントは受け付けていません。