19杯目「立ち呑み家ライオン堂」

店主は元パティシエ、料理も酒も豊富で安い

ほろ酔いと言うより、すっかり酔っ払って榊山商店を出て次の店に向かう。駅前に行くつもりが逆の方に歩いていて途中で気がついた。やっぱり酔っている。向かうべきは駅前の立ち呑み家ライオン堂である。

神戸市内で今でもブレイクしている立ち飲みスタイルの店を挙げるとすれば、阪神御影駅前の立ち呑み家ライオン堂をおいて他にはないだろう。創業は平成18(2006)年5月。おしゃれ立ち飲みの元祖的存在で、早いもので12年目になる。店主の山口誠さんがイタリアン、パティシエ、バーテンダーを経て、この店を開いたのがつい昨日のように思われる。

ある日、寄ってみるとアイリッシュパブ風な佇まいのカウンターを三重に取り巻くお客さんで沸き返っていた。幸い少し早めに着いていた友人が席を確保してくれていたおかげで事なきを得た。何年ぶりかの午後5時半ころに寄ったこの日も、すでに満席状態であった。
左手の奥、女性2人連れの手前に席を取り、まずはワンコインセットを注文した。好きな飲み物にアテがつく。迷わず生ビールを選んだ。アテはにぎり寿しと串揚げ、うまい。

かつて、山口さんに立ち飲み屋を出した理由を聞いたことがある。「もともと、こういう店を出したかったんです。お客さんとの距離が近いのが一番です」ということだった。だが今は、その近い距離感なのに、オープンキッチンで忙しい山口さんと話をすることはほとんど不可能になってしまった。

このようにライオン堂は、和気あいあいと酒を楽しむお客さんでダーク状態(*)に陥っている。
メディアに頻繁に出ているが、最近は全国誌で紹介されることも増えた。また飲食業を営む店主さんらが様子伺いで、こっそりのぞきに来るなど話題は尽きない。

ワンコインセットが空になったのでトマトチューハイとハマチ造り(190円)を追加した。カメラの福田さんはハイボールだ。

ライオン名物のキングサイズビフテキ(390円)ももらった。柔らかくておいしいステーキである。300円台でステーキが食べられることに幸せを感じざるを得ない。

その後、福田さんが飲んでいたハイボールを注文した。一口飲んでみると他のハイボールと違って濃くてうまい。その理由を聞くと「ウィスキーをガッツリ楽しんでもらいたいから」と山口さん。ああ、よく飲んだなあ。たまにはいいか(笑)。

これだけの集客力のあるライオン堂の魅力は何なのだろう。午後6時までのワンコインサービス、加えて100円台からある安くておいしい肴の数々、蔵元が近くにある立地条件からくる日本酒、焼酎、ワインの品揃えの良さ、洒落れた雰囲気。こういったものが相乗効果を生んで、老いも若きも、さらには女性客をも虜にするのだろうか。社会学の研究対象にすると面白いかも。

この日は若干男性客が多かったが、女性スタッフが迎えてくれるしゃれた立ち飲みなので、女性客も安心して入れて、立ち飲みデビューに最適の店である。前述のように立ち飲み処が多い場所柄「あら、先ほどは・・・」という場面に遭遇することも少なくない阪神御影界隈である。筆者の近所にも欲しい店の数々だ。

※筆者注「ダーク状態」
並んだ客がカウンターに対して身体を斜めにして立つこと。客のその形が一世を風靡した男性コーラスグループ「ダーク・ダックス」に似ていることから言う。

「立ち呑み家ライオン堂」
神戸市東灘区御影中町1-6-3
TEL:078-842-3229
営業時間 17:00~23:30
定休日 日曜

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18杯目「榊山商店」

櫻正宗の看板が燦然と輝く

日本を代表する酒どころの灘五郷、その一つである御影郷がある阪神御影駅に数年ぶりで降り立った。改札を出て南方面を見渡すと灘の酒蔵の案内図が見える。案内図の上に「こちらの地図看板は2019年8月31日(土)に新しい地図データに差し替えます。灘の酒蔵活性化プロジェクト実行委員会」の張り紙があるがまだ更新されていないようだ。

さて阪神御影駅の界隈は、美よ志、大黒、ライオン堂などの立ち飲み処がひしめくことで有名だ。駅の北側に出ると御影の風物詩”いくちゃん”の串かつ屋台が見えたものだ。その”いくちゃん”が五十余年の営業を終えて1年以上が経過し、駅前に寂しさが漂っているように思えるのは筆者だけだろうか。

その阪神御影駅の北側の高架下に沿って東にしばらく歩く。突き当りで左手の信号を渡ると榊山商店がある。商店と名が付く店に立ち飲みの名店が少なくないが、榊山商店は元々、米屋だった。

店内に入ると燦然と輝く桜正宗の看板が目に付く。この看板は、酒樽がレリーフになったものでお見事、文化財級である。看板の下に昭和七年という文字が見える。創業年はわからないが、昭和よりずっと前、おそらく大正からの営業と見てとれる。また「男は元来ご飯好き」という古いポスターにも目がゆく。酒屋の前に米屋だった証であろう。

店主の上野晃さんは三代目で、初めてのお客にもやさしい。熱燗は福寿、アテは乾き物と缶詰と由緒正しき角打ちである。もちろん神戸ならではのコンビーフの缶詰や6Pチーズ、トコロテン、玉子豆腐なども安い。プラカップ入りのつまみもある。

レジカウンターのほか、事務所の小型スチールテーブルを利用したと思える小さなテーブルが5つか6つあり、椅子もある。前置きが長くなってしまったが、とりあえずビールはやめて、たまには高いタカラCANチューハイとウインナーソーセージをもらった。

カメラの福田さんも奮発して白鶴生貯蔵酒と鯨の大和煮の缶詰だ。それぞれが違うものを注文して乾杯。

最初に訪問した日は雨だったが、この日も雨が降りそうな天気である。震災前やその後もしばらくは店が一杯になるほど多くの常連さんが集まった。ところが震災で中小の企業が廃業したことが大きく響く。高齢化による客の自然減に加え若い人が酒を飲まなくなったこともお客さんが少なくなった理由という。これはどこの角打ちも抱えている悩みである。解決策がすぐ見つかるほど事は簡単ではない。

懐かしい雰囲気の店に出会える機会を提供し、あるいは立ち飲みを知らない方、入ったことがない方には角打ちの楽しみを知ってもらいたい。そして他の誰かに、メッセージを伝えて欲しいと始めたこの角打ち巡礼の企画が少しでも酒屋の賑わいに役立って欲しい。今回の榊山商店訪問で、その思いはいっそう強くなった。

かつては自転車で通う立ち飲みの達人や遠く垂水から立ち寄るお客さんもおられた。雨が降りそうな気配であるが、徐々にお客さんが増えて「酒屋の立ち飲みは九州では角打ちと言いますねん」などと話が弾んだ。チューハイも空いたので福寿の燗酒を追加し、エイのヒレを炙ってもらった。福田さんはキリン氷結を注文したようだが、酔いがまわり記憶があやしくなる。

ご主人も女将さんも気さくで、初めて訪れた10数年前には「櫻正宗のすばらしい看板の写真を撮りたい」との希望を聞いてくれましたね。

五つ玉の算盤があって、裏を見れば桜正宗の刻印、明石の赤松酒店でも見ました。ご主人に著書を見せながら話していると、常連さんが、その本を持ってますと。それがきっかけとなって元町にあった焼き鳥の名店・一平、明石の立ち飲み・たなか屋や三国酒店など共通の店の話題で楽しい話に花が咲きました。しかも、元町の立ち飲み「凡太呂」さんの常連さんの名が挙がったときにはびっくり仰天でした。

角打ちは人との出会いが待っている。店主や偶然隣り合わせたお客さんとの会話が楽しい。おごりもへつらいも不要で、話すのが楽しいから話すのである。他にも地域との出会いもある。昭和の雰囲気をたっぷり残した店内で、店主に店やその地域の歴史など、よもやま話を聞きながら飲む酒は格別である。

「榊山商店」
神戸市東灘区住吉宮町6丁目4-1
TEL:078-851-3834
営業時間 9:00~20:00
定休日 日曜、但し祝日は営業

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17杯目「中畑商店」

ビリケンさんとともに半世紀、いまや全国区に

喜劇王チャップリンが訪れたこともある新開地、吉美屋の少し南にハットを模したゲートがある。これこそ、”ちゃっぷりん”が身につけていた帽子であるが、現在ではこの辺りまでが新開地と呼ばれている。かつては国道2号を超えた稲荷市場の南端までの範囲に及んでいた。そのことは林喜芳著「わいらの新開地」(神戸新聞総合出版センター刊)に詳しい。

さて、兵庫区にあった稲荷市場、往時は神戸一の市場であったことを知る人も少なくなった。その市場の店舗も震災後、減りに減って、とうとう市場そのものが消滅してしまったが、界隈にはビリケンさんで有名な松尾稲荷神社がある。またダイエー発祥の地、サカエ薬局跡地もある。

稲荷市場の”よすが”を伝える店がわずか3店だけ残っている。その中に、串焼きホルモンの中畑商店がある。小豆島出身の中畑安弘さん、勝代さん夫妻が昭和43(1968)年に店を開き、移転もせず同じ場所で営業を続けて52年目になる。
最近は週刊誌に掲載されることも多く、中畑商店の存在を全国の人が知るようになった。その結果、北は北海道、南は九州から来客があり、中でも東京など首都圏からが多いようだ。また女性客も増え、10人がやっと立てる店の週末はてんてこ舞いの忙しさだ。

実際、取材の日には栃木県や奈良県からお客さんが来ていた。栃木県から来た人に店を知った媒体を聞いたところ、雑誌や食べログではなくYouTubeとのことで、これには正直驚いた。
半世紀の間には、いろいろなことがあったそう。取材帰りだったのか、作家司馬遼太郎氏が立ち寄り、中畑さん夫妻に向って「駆け落ちでもして出てきたのか」と聞いたという。何と失礼なことを、と思える事でも、今となっては夫妻にはいい思い出として残っているらしい。見渡すとイチローの色紙が壁に掲げてある。あのイチローも来たのだろうか。

市場の通路と店との間は、透明なビニールカーテンで仕切ってあるだけだが、昼間でも陰影があって哀愁を感じる店構えであった。”あった”と過去形で 言うのはアーケードが取り払われ、ついには市場そのものが消滅してしまったのだ。明るい状態で昼間から飲むのは罪悪感ありで、多少暗い方がいいに決まっている。

ホルモンは一串60円、アバラ、シンゾウ、レバー、ししとう、しいたけ、ねぎは120円と安く、串ホルモンをアテに一献するのが仕事後(いやそうでもないか)の楽しみである。串のほかにもアバラ、シンゾウ、センマイ、生レバー、ミノが皿で提供される。自家製のタレと相まって、こんなに旨いホルモンが安く食べられるのは、ここ以外には知らない。

メニューは壁に貼ってあるのだが、ついに英語バージョンが登場した。2019年秋にラグビーワールドカップ2019日本大会が開催され、来日中の外国人がついに中畑商店にも現れた。ということで急遽、近所にお住まいで常連の三宗匠氏の手により作成されたのである。

酒を飲んでいると近所の方が来られて、何十本と買って帰る姿に出会ったかと思うと、子供が駄菓子屋感覚で買って食べる光景にも遭遇した。中畑商店には小・中学生から高齢者まで、実に様々な年齢層のお客さんが来店する。記録を取っているわけでもなかろうが、今までの最高記録は男性で100本、女性ではビールを3本空けて串を70本食べた兵(つわもの)がいたとか。とてもまねできない。

10年前、中畑さんに聞いたことがある。
 「昔はにぎやかだったでしょうね」
 「福原の芸妓さんがよく来てましたね。その後、震災前はご飯屋があったので、女性客も多かったです。今は反対に男の人しか来ませんね」

と言うことだったが、全国的に知られるようになってから女性客が増えた。喜ばしいことである。ちなみに前述の「わいらの新開地」の松尾のお稲荷サンの項に次のような記述がある。

≪松尾ハンと言えば水商売の人達の守り神。新開地の混雑が漸く引き潮になる夜十時をさかいに、松尾稲荷には参拝客がふえてくる。勤め終えた水商売の女たちは嬉々として赤い鳥居のトンネルをくぐる。飲食店の女、小料理屋の仲居、カフエーの女給、そして福原の芸妓衆、それぞれに酔客嫖客を連れてのお詣りなので、境内は脂粉の匂いと嬌声とで塗りつぶされた。≫

閉店時間が近づいてきた。ご主人と女将さんが生ビールと冷奴で一日の疲れを癒し始めたのを見て、ほっこりした気分になった。新開地の吉美屋の大将があと5年で店じまいと宣言したが、中畑さんは「体の続く限り店を続ける」とうれしいことを言ってくれた。

賑やかだった頃に想いを馳せて、ビリケンさん参拝も兼ねて、お隣の「ひかり」の海苔巻お好み焼きと中畑商店の串ホルモンを食べに足を運んでみませんか。一度食べると間違いなく病みつきになるはずである。
これで一旦、新開地巡礼を終わり、来週からは灘五郷のお膝元である東灘区へ飛ぶことにする。

「中畑商店」
神戸市兵庫区東出町3-21-2
TEL:078-681-9598
営業時間 9:30~19:00
定休日 木曜、第三水曜

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16杯目「吉美屋」

最後に訪れるべき、大将と肴が魅力の新開地の名店

世界長直売所本店を出て新開地本通に戻り、南へ歩いてゆく。地元の著名人・ターザン山下氏でおなじみの立ち飲みの冨月やボートピア神戸新開地を眺めながら、福進堂手前の道路を渡ると右手は神戸アートビレッジセンターだ。そのちょっと南に、立ち飲みの名店「吉美屋」はある。右に「清酒世界長」、左に「澤の鶴 鶴の舞」、真ん中に「吉美屋」と書かれた暖簾が粋である。

創業はまだ新開地が賑やかさを残していた昭和47(1972)年の暮れも迫った12月18日のこと。播州は姫路市大津区吉美の出身である塩津武司さんと奥さんの康代さんが2人で店を切り盛りする。出身地の名前を取って店名を吉美屋としたところは郷土愛に満ちている。

康代さんは「初めて新開地に来た時、酔っ払いが道路で寝ていて、びっくりしました。でも人情味があって、マスターが不在のときなど、お客さんがカバーしてくれましたね。私たちも若かったし・・・」と当時のことを懐かしく話した。

カウンターにはうまそうなアテがバットに盛られ、所狭しと置かれている。どれをもらおうかと迷うが、マグロの剥き身が一番の人気。魚の煮付けや焼いたもの、夏ならハモやそうめんもオススメ。
訪問したのは10月のある日、酒は世界長、ビールはアサヒオンリーということでアサヒビールスーパードライ大瓶を注文した。常時20種以上は用意している肴から松茸の玉子とじ、子持ち鮎を選んで乾杯だ。

近くの常連さんに吉美屋の魅力を聞いてみた。「大将が面白いから来る。話を聞いているだけで心が満たされる。加えてうまいアテがあるなあ」と絶賛した。別の若いお客さんも「マスターのしゃべりが魅力。手間を惜しまず作っている肴の多さ」と同じことを言った。さらに家が近いというカップルにも聞いてみたら「マスターの毒舌と美味しいアテ」と、3組が同じことを言ったので、吉美屋の魅力は「大将と肴」で間違いはなかろう。

当初、大将が料理していたのであろうが、現在は東山商店街で酒菜処「夢月」を営んでいた料理のプロ、河合正幸さんが担っているのでうまいのもうなずける。いや別に大将の料理が美味しくないということでは決してないと一言断っておく。

ボートピアの近所に位置するので店内に2台あるテレビの1台は競艇を映し出している。この日、もう1台は全英女子オープンで優勝した渋野日向子選手が出場している日本女子オープンゴルフ選手権を放映していた。2日目を終わって渋野選手は通算7アンダーで9位だった。

ふとテレビの横の壁の方を見ると、こんな貼紙がある。
 「よーく考えよ
   当たりはひとつだょ
  負ケテ泣クナラ
   ギャンブルスルナ
    飲代は残して負ける事」

筆者ならずとも思わず笑ってしまう、ブラックユーモアたっぷりの大将の愛情のある戒めである。他にも額に入れた「能書きはいい。男は無口がいい」「腹が立つならパチンコするな」「どんな美男美女でも 2時間も見れば飽きが来る 店主敬白」と言った大将の格言がある。店に出しているのは2種だけだが、全部で10種以上はしまっているそうである。ほかに入り口近くにお稲荷さんを祭っている。どうやら岡山の稲荷らしい。

肴がうまくて酒が進む。アサヒビールの店なので筆者は髭のハイボール、福田さんは播州姫路の龍力でおなじみの本田商店の米のささやきを追加した。その後、レモンサワー(樽ハイ)や魚の子も注文。なんだか肴は値段の高いものばかり選んだようだが、まいいか。

話はずっと前に遡るが、美味いアテと清酒世界長に魅せられて通う常連客が話していたなあ。「ミス新開地と誉れの高かったママさんは美人やし、客を客と思わないマスターのトークが聞きたくて。もうこんな店に来るか、と思うけどまた来てしまう。ママさんに子供が生まれて、車引いて店に出ているときもあったなあ」と懐かしい話。

一方、康代さんは「お客さんが来なかったら心配になります。お変わりないですか、生きておったか、などの会話が楽しく、疲れが取れます」と言う。

「オトコマエようけ来るけど、まあ、来てみなはれ、二度と来たくなる店。ついでに儲かりまっせ」とマスターのギャグはますます快調で不滅だ。

そのマスターが「あと5年で店をたたむ」と爆弾発言をした。お客さんの高齢化も心配なことだが、往時に比べて客がかなり減っているのだ。吉美屋は店が広いので、人数が多くても入ることができる。あと5年説を食い止めるためにも、若い人にも、もっと寄って欲しい。それが吉美屋だけでなく新開地という街に賑わいをもたらすはずだ。

「吉美屋」
神戸市兵庫区新開地5-3-22
TEL:078-577-0120
営業時間 10:00~20:00
木曜休

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15杯目「世界長直売所本店」

若い女性客に人気&マグロが名物の立ち飲みの元祖

赤ひげ本店の次は少し南に下り、「立ち呑みの元祖」と呼ばれる世界長直売所本店を目指す。途中、左手には「元町ヱビス」が見え、その先には派手な看板の「魚河岸居酒屋えびす大黒」ができている。さらに「立ち呑み処大勝」、老舗の「八喜為」、「立って呑んでね福の神」と続く。

「東の浅草、西の新開地」とうたわれた街には、つくづく立ち飲みが似合うと思う。阪神淡路大震災を経て街の賑わいに陰りがないと言えば嘘になるが、ボートピアの手前のうどん屋の角を右に折れてしばらく歩くと世界長直売所本店がある。
創業したのは昭和42(1967)年1月15日、かれこれ半世紀以上になり、切り絵作家の成田一徹氏による「神戸の残り香」にも登場した名店である。

店主の岸田耕治さん、奥さん、息子の修志さん夫妻で店を切り盛りする。入り口の世界長と書かれた暖簾、震災にも耐えた馬蹄形のカウンターが老舗の看板。カウンターは創業以来何も手を加えていないという。腕の確かな大工さんの作ならではのことであろう。
午後4時に入店したのだが、すでに満席に近い状態で、さすがの人気。たまたま空いていた馬蹄形のカウンターの孤を描く処に席を取った。

刺身、焼き物、煮物、揚げ物と肴は何でも揃っていて値段も手ごろ。知り合いの神戸中央卸売市場の専門店から仕入れるマグロがこの店の名物である。運がよければまぐろハンバーグに出会うこともある。他にホルモンミックス焼き、(国産牛使用の)スジコンや豚足、冬場なれば牡蠣や〆に粕汁がオススメである。千円超えるものに黒毛和牛炙りがある。

まず大瓶ビールとマグロの串焼きをオーダーする。たまには麒麟を、と注文したがアサヒビール専門店と知る。マグロもよく出るようで串焼き、すき刺は売り切れ、というわけでマグロのフライを揚げてもらい乾杯する。

新開地の飲み処は、近くにボートピアがあるので、店内のテレビは常時、競艇を映し出していて、この店とて例外ではない。競艇がある日には約30人収容できる店も満員の状態で、お客さんの対応にきりきり舞いとうれしい悲鳴を上げているそうだ。

さて、昨年(2018年)、天満天神繁昌亭に次ぐ上方落語の定席の一つとなる神戸新開地・喜楽館がオープンした。その効果のほどを岸田さんに聞いてみた。「お客さんが増えたように思いますが、桂文枝師匠を始め落語家さんが来てくれるようになったのはうれしいですね。ほかにも若い女性客が多くなったことも」と店主の顔に笑みが溢れた。

ビールも空いたのでホルモンミックス焼きと看板酒の世界長を冷やで追加した。このホルモン焼きと世界長が見事なハーモニーを奏でてうまい。筆者は一年中あるおでんから豆腐と大根を、カメラの福田さんは、近くのお客さんが美味しそうに飲んでいたチューハイセットを更に追加。

焼酎と氷が入ったジョッキと地元の兵庫鉱泉所が製造しているマスコットがカウンターの上に差し出された。ホッピーのようにジョッキにマスコットを注ぎステアして飲むのである。味は如何だったか、出来合いのチューハイと違うに決まっている。

お客さんに聞いてみました。「有名やし何でも美味しい。東山市場を歩いてると大将に出会うので、つい声をかけてしまう。ここは本当にええ店や」と。奥さんにも昔の話を聞いてみました。「おばあちゃんが愛想は要らないと言ってお客さんを選んでましたわ。この辺り、ガラ悪かったしね」と懐かしそうに創業時のことを話してくれましたが、今は新開地まちづくりNPOなどの努力が実り、女性も安心して来れる街になったように思われる。

実際、ある日に立ち寄ったところ、新開地まちづくりNPOが主催した新開地夏の社会見学会の女性10人限定「夜も楽しいザ・シンカイチツアー」の一行と出会った。店主こだわりの澤の鶴「吟醸ひとはなぐらす」とマグロのトロに舌鼓を打っていた。新開地の立ち飲みが華やいだ一瞬である。1人では入りにくい女性にも楽しんでほしいと門戸を開く店主の心意気がいい。

「いい酒とマグロ料理を召し上がって下さい。今日のオススメは何かと声を掛けて下さい」と、一見さんにも優しい店主岸田さんが待っている。ぜひとも新開地の立ち飲みを味わって欲しい。

「世界長直売所本店」
神戸市兵庫区新開地3-4-29
TEL:078-575-4757
営業時間 平日 15:00~21:00
土曜、祝日 12:00~20:00
日曜休

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14杯目「立呑み赤ひげ本店」

ゴリラのモニュメントが目印

湊川公園から新開地商店街に入り上崎書店などを眺めながら下って行きます。途中、中島らも+小堀純著「せんべろ探偵が行く」(集英社文庫)に掲載されている赤ひげ姉妹店の前に出る。この店は“座り”なので今日の目的の店ではない。やがて広い道路(多聞通)に出て信号が青になったので渡ると、立呑み赤ひげ本店がある。

壁にゴリラが登っているようなモニュメントがあるので目立っているはずだ。角打ちの定義からは外れるが関西で言うところの立ち飲みも、今回の巡礼では扱うことにする。
店をオープンしたのは18年前の平成13(2001)年秋のことである。以来「地域で一番安くて、おいしいものを提供する」をモットーに頑張っている店である。

赤ひげの店名の由来がわからなかったので、店長の森上丈一さんに聞いてみたことがある。「亡くなった先代の社長が付けたのですが、作家山本周五郎の青ひげをもじったのではないでしょうか。黒ひげというのもありますし」ということで長年の疑問が氷解したはずだった。今回、改めて調べたところ(店長には申し訳ないが)山本周五郎の作品にずばり「赤ひげ診療譚」がある。どうやらこの作品から名付けたのではないだろうか。

さて、立呑み赤ひげ本店と言えば串カツの店と思っていたが、それは先入観だった。
「人気の秘密は一番に刺身やね。それからべっぴんのスタッフが3人もおることかな」と店長は胸を張った。「べっぴんさん」と言う店長の声が常連さんの耳にも届き、常連さんがすかさず「べっぴんさんおらんようになったら、この店も終わりや」と応酬するのが、なんともおかしい。

メニューを見れば、一串60円からの串カツはもちろんあるが、100円台からの刺身、焼き鳥、冷奴、枝豆、ポテトサラダ、だし巻きなど居酒屋メニューがオンパレードである。しかも安いなあ。

店長イチオシのタイのつくり(250円)、マグロぶつ切(350円)に瓶ビールをもらって飲み始めた。(前の店を含めて)40年通っている常連さんが「安い、うまい。店長にも会いたいから来る」と言うのに偽りはなかった。

次はやはり串カツが食べたいので盛り合わせをもらった。なんと340円とびっくり価格、しかも11年前と同じ値段。壷に入ったソースに漬けるのであるが、もちろん二度漬け禁止はお約束である。味は看板通りで、揚げたては美味しい。ビールとよく合う。ビールの次に麦焼酎の水割りももらったなあ。

途切れなくお客さんがやって来る。「いつものビール?」と店長は声をかける。聞けば常連さんの150人くらいは最初の酒がわかるとのことである。恐れ入りました。
ガラスケースの中は、毎日来るお客さんもおられるのでと、少しずつ品を変えているそうで、こう言う心使いも魅力の一つなのだろう。

店長から「ゴリラの顔見てみる?」と店の3階に案内してもらった。ゴリラのコンタ君と初対面、立呑み赤ひげ本店がオープンする前からいるらしい。ちなみに赤ひげ関係者以外に見せるのは今回が初めてのことで光栄だった。1階に下りてから、焼き鳥盛合せ(280円)、ムール貝(190円)やチューハイ(240円)などを追加。いくら飲み食いしたのかもう記憶の外であった。やはり安くて旨いせんべろ酒場となれば仕方ないですね。

店をやっていて嬉しかったことはと問うと、「客層が良くて、いいお客さんに恵まれています」と店長の顔がほころんだ。まさに店長やスタッフも明るい方ばかりで、本当にオススメのB面の街・新開地の立ち飲み処だ。そう感じる理由は、別の常連さんが教えてくれた。「わしは食べたことないけど、賄いが凄いで」の、”まかない”にもあるのかも知れない。地域一番の安い店をいつまでも続けて欲しい。

(筆者注)レコードの表面(A面)にヒット曲が収められているのに対して裏面(B面)は付けたしであった。このレコードの表裏の関係になぞえて、B面の神戸こそ味わい深いもので本当の神戸がある。

「立呑み赤ひげ本店」
神戸市兵庫区新開地3丁目4-17
TEL:078-577-4429
営業時間 11:00~23:00
月曜休(祝日の場合は営業、翌日休)

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13杯目「公園前世界長(佐藤商店)」

酒の見識の高さに加え、ホーローのバットに盛られた肴が旨い

先週から、かつて「ええとこええとこ新開地」とうたわれた湊川新開地に来ております。酒のシマダを出て南下すると2019年8月13日に開業した兵庫区役所の新庁舎が見え、湊川公園に繋がります。

湊川新開地は、1905年(明治38年)、旧湊川を埋め立てた跡地に生まれました。そのため湊川公園から南へ続く商店街は、なだらかな坂になっています。一大歓楽街となった新開地のその繁栄ぶりは、林喜芳著「わいらの新開地」(神戸新聞総合出版センター出版)に譲ることにして先に進みます。

湊川公園の傍に古びた建物があります。どうやらホテルだったようで、その一階に立ち飲みの聖地・新開地を代表する世界長はあります。大きな字で世界長と書かれた暖簾に老舗の歴史を感じます。湊川公園の前に位置することから、いつしか公園前世界長と呼ばれるようになったと思われます。

大阪で仕事をしていた若い頃に立ち飲みは経験していますが、筆者が神戸で最初に入った立ち飲みの店が、おそらくこの世界長だと記憶しています。
天気予報の通り、雨が降る午後6時、店に灯りがともります。シャッターが開き、マスターが看板を定位置に置き、暖簾を掛けました。この瞬間を待っていたかのようにお客さんが店に入ります。筆者らもそれに続きます。開店してまもなく、店内は埋まりました。

さて、大阪出身で東京在住の知人と、新開地立ち飲みツアーをやったことがありました。4、5軒ハシゴしましたが「酒、肴、雰囲気、建物、ロケーションのすべてにおいて公園前世界長が一番良かった」と知人は絶賛しました。料理が大皿ではなくバットに盛られていたことも、たまらなく良かったそうで、バットに盛られたナポリタンを注文しなかったことを今でも悔やんでいます。彼にとっては、このバットは新開地の立ち飲みの象徴となっています。

神戸在住の筆者は幸いなことに気が向けば、いつでも公園前世界長に来て、ホーローのバットに盛られた品々を味わうことができます。これは考えてみれば、大変幸せなことであります。

酒は日本酒、ビール、焼酎と揃っています。マスターは酒に対する見識が高いことで常連客から一目置かれています。

まずアサヒスーパードライの瓶ビールと大根の煮物をもらった。福田さんが蓮根を追加した。名物ナポリタンがなかったのはちょっぴり残念であるが、それは贅沢というものであろう。10年以上前になりますが、酒のシマダに寄った際に、お隣の常連さんと親しくなって、他にどこへ行くかと問うと「鮪のトロを食べに下の公園前世界長まで行きます」と返事が返ってきました。酒だけでなく肴(料理)に対してもこだわりがある店で、今度はトロを注文してみたいと思ったものでした。

奥の冷蔵庫の扉の上に酒の銘柄を書いた紙を貼っているので、今回はその紙が見えやすい場所に立ったのでした。筆者は名前が覚えやすい岩手県喜久盛の「北上夜曲 生原酒」、福田さんは群馬県高井の「巌  特別純米ひやおろし」をチョイス。北上夜曲の瓶はレトロ感溢れるラベルで、ちょっと酸が強くすっぱい、しかも原酒なのですぐ効く感じでした。この酒は復刻版でラベルはイラストレーターの吉岡里奈さんが手がけたとか、奥が深いなあ。一方、巌はフルーティーですっきりした味わいで何杯でもいけそうで怖いですね。

料理ですが、鰯のフライが登場したので迷わず追加。福田さんは「日之出桃太郎」や「なす」も頂きましたかね、記憶が怪しくなってます。
たまたまお隣に二人連れの常連さんがおられたので公園前世界長の魅力について伺うことができました。

「手に入り難い酒がリーズナブルな値段で飲めるほか、酒に合った料理も楽しめます」と。一言でいうと「オリジナルのリズムがある」と付け加えられました。いやあ、随分と通っておられる風で、的を得た言葉、すべてを包含していると感じました。

神戸の立ち飲みの店の壁にはなぜか世界地図や日本地図が貼ってあります。この店も例外なく貼ってあります。旅する者への羅針盤の役目なのだろうかと世界地図に目をやった。

両親の後を継いだ仲のよい兄弟が、伝統を守りながらひっそりと経営している、こういう店はそうはあるまい。日本酒好きには堪らない名店です。
酔いもまわってきました。新開地商店街沿いの店の巡礼を続けましょう。

「公園前世界長(佐藤商店)」
神戸市兵庫区新開地1-3-26
電話不詳
営業曜日、時間
火曜日 16時~20時50分
水曜日 18時~21時
金曜日 16時~20時50分
日曜日 16時~20時50分

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12杯目「酒のシマダ」

湊川新開地の名角打ち

兵庫区東山に朝から賑わう角打ちがある。神戸地下鉄山手線の湊川駅を出て北に数分、酒のシマダと暖簾が呼んでいる。店内には日本盛や白鶴の古い看板があり、これを見るだけで歴史のある店とわかる。

二代目の嶋田諷さんによれば、現在地での営業は昭和29(1954)年からである。それ以前は荒田町に店があったが詳しいことはわからない。荒田町時代から通算すれば、嶋田さんは三代目や四代目ということになる。
かつて嶋田さんは「酒小売と立ち飲みは分離しています。保健所の営業許可も取ってアテを大事にしています」と言っておられた。

その嶋田さんが引退して大櫛隆司さんが店を引き継いだのが平成24(2012)年のことである。大櫛さんは学生時代、酒のシマダでアルバイトをしていた経歴もあって、嶋田さんから店を代わりにやってくれないかと相談された。そしてサラリーマン生活をやめて引き受けたとのことである。酒屋を取り巻く環境が悪化している状況での決断に拍手を送りたい。

まず、しまだ名物牛煮込み豆腐+ドリンク(生中)をもらった。これで500円はうれしい。なんとお代わりもOKらしいですよ。

お客さんは神戸市内はもちろん、名古屋以東から来ることもあるとか。また東京にお住まいで神戸に里帰りのついでに立ち寄る方もおられる。その方は東京で飲めなかった酒がシマダに来て偶然味わうことができたと喜んだそうだ。

大櫛さんは日本酒の品揃えとそれに合うアテに力を注いでおられ、「いろんなお酒が飲めると言ってもらえるのが励みになってうれしい」と話す。問屋を通して仕入れることが基本だが、一方、蔵元から直接仕入れることもある。そしてお客さんには「お酒を楽しんでもらいたい」と言う。

繰り返すが、酒屋を取り巻く環境は年々厳しさを増している。安く近所の常連さんが集うだけというのは時代に合わない。じっとしているだけでは人は集まらない。そこには仕掛けが必要である。土曜、日曜、祝日の酒の肴の持ち込みOKにしたのはお客さんとの会話の中から誕生した賜物だ。毎月第一土曜日とその次の日曜日の日本酒の飲み放題1時間1500円というのも驚きである。筆者ももう少し若ければ注文したいところである。

生ビールも無くなり、普通のハイボールと焼酎ハイボールを追加した。カメラの福田さんは播州壷坂酒造の雪彦山と酒屋の松前漬けだ。酒が進む。

店内でのライブを始めとするイベントの開催も、もう一つの仕掛けである。嶋田さんから引き継いだ大櫛さんは、先代にはなかった、このような攻めの営業を怠り無く行っている。これからの角打ちのあるべき姿かも知れない。
客の立場に立ったいい店主のいる良い店が、ますます繁盛することを願って止まない。

「酒のシマダ」
神戸市兵庫区東山町3丁目7-11
TEL 078-511-0278
営業時間
月曜~金曜
11:00~14:00
16:00~22:00
土曜 11:00~22:00
日曜・祝日 11:00~20:00
定休日 第3水曜

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11杯目「石本商店」

「賑やかだったころの新開地に思いを馳せて」

兵庫区は中道通から大開通に戻ります。かつて西脇商店で教えてもらった川崎酒店と石本商店が今も大開通で営業しています。まず近い方の川崎酒店に伺って取材の許可をもらいます。取材日も決まって安心していたら、ケータイに着信音が鳴り響きます。なんと川崎酒店の女将さんから断りの電話でした。「息子が写真アカン言うてますねん」と。汚れて見えても写真に撮ったらレトロ感が溢れていい風情ですよ、と言っておいたのだが、無理は禁物、引き下がるしかありません。

こう言うこともあるさ、ケセラセラ。と言うことで今日の石本商店訪問となりました。
11年前のある日のこと、著名な百人の作家が出品している「音箱展」が新開地のアートビレッジセンターで開催されていました。音箱展を見終え、新開地から大開通の散策をしている途中で、神鉄ビルの南側、冷麺が美味しいと評判の宝楽の手前の石本商店で角打ちしていることを発見したのが、そもそも石本商店との出会いでした。

その一週間後の早い時間に再訪問させていただいた。創業が戦前からなのか戦後なのか、女将さんもよくは分からないとのことであったが、今回確認してみると昭和31(1956)年か32年らしいことが判明しました。60年を超える老舗になります。店名に商店がつくことから分かるように酒販売とタバコ販売を営んでおられます。

店はご主人の石本仁さん、奥様のさち子さんのお二人で切り盛りされています。いつもながら感じるのですが、酒屋を取り巻く環境が劇的に変化をし、業務店への配達は継続されていますが、個人宅はほとんどないとのことです。

街の小さな酒店の角打ちにお客さんが押し寄せることなく、一日が過ぎてゆくようです。40~50代のお客さんが多いそうで、「健康のため、規則正しい生活のために店を開けているようなものです」と女将さんは笑います。若者が酒を飲まなくなり、商売あがったりと嘆いても何も始まりません。新開地が賑やかだったころの話をしていただきました。

新開地と言えば本通にチャップリンの帽子を模したゲートがあるように映画の街でした。石本商店の近くにロマン座という映画館があり、映画を見終えたお客さんが帰りに立ち寄られ、真夜中の2時ころまで店は繁盛したそうです。三角公園のところにリリックという画家や文化人が集まるバーかカフェのような店がありました。その店のことを尋ねるとご主人は覚えておられました。この店のほか24時間営業の公園食堂もあったようです。

時は移り、市役所が移転し、神戸の中心が三宮になった頃から新開地の没落が始まります。ご主人は「街には多少とも闇の部分が必要で、それが賑わいを誘う」とも言います。現在進行中のモトコーの立ち退き問題と重ねると共通する部分が多いように思います。

さて、女将さんは、かつて地元のサンテレビの「ハロー神戸」に出演した思い出を語ってくれました。「ハロー神戸」は阪神淡路大震災の後、無くなりましたが桂小米朝さん(現、五代目桂 米團治)がMCをしていましたので年配の方にはご記憶にあるかも知れません。女将さんは話題豊富な方で退屈することはありません。

そうこうしていると40年来の常連さんが姿を見せました。勝手知ったお客さんのこと、黙っていても酒かビールが出ます。筆者とカメラの福田さんもビンビールとゆで卵を貰います。常連さんとも気軽にお話ができましたが、やはり角打ちは地域の歴史や情報が分かっていいなあという結論に達しました。

震災後に店を改装し、酒小売スペースの左手の比較的狭い場所が立ち飲み空間となっています。立ち飲みの看板酒は白鶴、アテはどれも200円と安く明朗会計です。11年前に来たときにカウンターの奥にノートパソコンが見え時代の象徴だと思ったものです。機種は違えど今もノートパソコンが置いてあります。

閉店間際に石本商店に行ったことがある友人によれば「どうぞどうぞと店の中に招いてくれ、こんなものしかないけどと、片付けていた惣菜をまた出してくれた」そうです。

こういう話を聞くにつけ、いい店の姿が浮かび上がって来ます。ワンコインで気軽に立ち寄ることができる店は、そう多くはありません。新開地に行かれたら、ぜひ一度覗いてほしい店です。

「石本商店」
神戸市兵庫区大開通1-1-3
TEL 078-575-5626
営業時間 7:00~20:00 祝日営業
定休日 日曜

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10杯目「リカー&フーズむらかみ」

「From KOBE」情報発信の心意気は今も

兵庫区大開通には西脇商店のほか、7丁目の川崎酒店や1丁目の石本商店があります。また神戸高速大開駅を降りて西へ向う途中にも芋田酒店がありました。いつしか廃業されていました。順序が前後しますが先に中道通9丁目にあるリカー&フーズむらかみを訪問することにします。

リカー&フーズむらかみの創業は昭和元(1925)年で、ご主人の村上裕一さんは三代目に当たります。
店は震災で甚大な被害でしたが見事に再生されました。その奮闘記は「むらかみ」のホームページに詳しく書かれていました。村上さんはかつてホームページで次のように思いを綴っておられました。

「もっと街が復興してほしい」「もっと神戸に人がきてほしい」という思いから、ホームページのテーマを「神戸の地元の商品をもっと知ってもらいたい!<From Kobe>にしました」。地元にありながら、意外と知られていない商材や、規模は小さくともいいものを造っている蔵を紹介し、そして何よりも、「お客さんに喜んでもらいたい」という思いで日々商いをしております。

「神戸の地元の商品をもっと知ってもらいたい」とホームページで情報発信されている姿に、同じ神戸で生活する者として元気をもらいました。そして11年前、筆者はこういうお店の取り組みが神戸に賑わいをもたらしてくれる気がしますとコメントしました。

村上さんが「From Kobe」に込めた思いは、現在神戸市が進める「BE KOBE」のさきがけだったのではないでしょうか。

今回訪問する際に、あのホームページがないことに気づきました。その理由を聞くと「もう、そう言う時代ではなくなりました」と奥様が小さな声で呟きました。個人の店がホームページを作成するための言語であるHTMLを覚え、タグという命令を打ち込み、魂も注ぎ込んだ情報発信の時代ではなくなったということに衝撃を受けました。なお現在ホームページはありませんが、facebookはあります。

わずか10年ほどの間に、物の販売も大手のネット通販にのみ込まれ、今やスマホで電子決済する状況になっています。酒屋を取り巻く環境が激変してしまったのです。嘆いていても解決しません。このコラムの目的は(消え行く運命にある)角打ち文化を知ってもらい、角打ちがある間に楽しんでもらいたい。それがお店の存続につながれば、ということなのです。

むらかみの配達先には業務店が残っていますが、個人宅はほとんどないそうです。一方、神戸はお好み焼き文化が今なお息づいている街で、地ビールならぬ地ソースの会社が少なくありません。むらかみでは今もブラザーソース、ばらソースを地方の業務店に送り続けており、「From Kobe」をしっかり守っておられます。

さて、最近はあちこちの店で見かけますが、むらかみでもワンコインサービスがあります。まずは生ビールとアテのセットいただきます。今日のアテは、たこ焼きをメインにしたもので洒落た感じです。

アテは、奥様手造りの本日のオススメ、冷たいもの、一品もの、揚げもの、その他(めざし、エイヒレ、するめ等)とホワイトボードに書き切れないほど沢山あります。もちろん、乾き物もあります。時々子供さんが姿を現します。街の駄菓子屋として機能しているのだと納得します。

かつての高齢なお客さんが持ち込んだ椅子が残っており、椅子ありの立ち飲みですが、近所の常連さんや、仕事帰りの方が立ち寄られます。時代とともに、高齢者はトコロテン式にいなくなり、お客さんもすっかり入れ替わったそうです。

筆者らは開店とともに入ったのですが、時間が経過するとともにお客さんも増え賑やかになってきました。長田から引っ越してきたお客さんから、六間道の角打ち永井酒店が再開したとの情報をいただきました。角打ちは人との出会い、地域との出会いの場であるとつくづく思います。そしてお客さんの後ろの壁に兵庫県の地図と日本地図が張ってあります。神戸の角打ちならではの風景と思われます。

日本酒に移りましょう。酒屋さんには看板酒があって、むらかみでも太田酒造の道灌を扱っておられました。それも昔の話で、今は全国の銘酒を置いてます。その中から筆者は香住鶴の夏の涼風 生酛純米、カメラの福田さんは特別純米棚田(長野の蔵元)をチョイス。冷酒はフルーティー、美味しいですね。

酒に合うアテとしてクリームチーズ酒盗(200円)とチジミ(280円)を追加します。いずれも美味です。この日は後の取材がなかったので、ついつい長居をしてしまい、しそ焼酎ソーダ割り、芋焼酎ラオウまで飲んでしまいました。

リカー&フーズむらかみですが、極秘情報を入手できました。ここでオープンにしちゃうから秘密でもなくなってしまうのが残念です。
月に一回、日本酒サービスデーがあり、高くて手が出なかった銘柄が安く飲めるそうです。日は決まっていなくて大体土曜日が多いそうですが、常連になると早く情報が得られそうです。また5のつく日は生ビールや樽ハイボールが安く提供されます。

村上さんに今後のことをお聞きしました。「あと何年できるかなあ。どこかと戦う気はまったくないです。今つながっている業務店や角打ちに来てくれるお客さんを大切にしたいですね。若い方の中にも角打ちに興味を持ってくれているのが嬉しいです」と。
創業百年まであと少しです。その日が迎えられることを祈っています。

「リカー&フーズむらかみ」
神戸市兵庫区中道通9丁目6-5
TEL 078-575-8018
営業時間 16:00~20:00頃まで
定休日 日曜、祝日休

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