38杯目「丸丹酒店」

美人女将が切り盛りする歴史の街の角打ち

街歩きは、新しい発見があって楽しいものである。ある日、と言っても10数年も前のことではあるが、山陽電車の月見山駅を降りて、須磨の現光寺前にある前田酒店の常連さんから教えてもらった、丸丹酒店を目指した。

安くておいしい「みゆき食堂」(現在は閉店)までは、よく来ていたのであるが、その前を通り過ぎて更に西のコンビニの向かいに丸丹酒店はあった。この界隈も阪神淡路大震災の被害が甚大で、中央幹線道路整備のため店の北側がセットバックさせられたそうである。

さて丸丹酒店の前の道路は須磨離宮公園に通じる道で、沿線には松風村雨堂がある。平安時代の歌人在原行平が献歌で光孝天皇の怒りに触れ須磨に流された。その後許された在原行平が都に帰ったあと、彼が愛した松風・村雨姉妹が行平の居宅近くで彼をしのんだ庵が松風村雨堂であると伝えられている。
そのような由緒ある歴史の街で丸丹酒店を営むのが三代目の氏原弘さんと妻の昭子さんだ。創業は95年前の大正14年とされる。いやもっと古いかも知れないが、古いことだけは確かである。


 戸を開けると、美人の女将さんがおられた。
 一瞬の戸惑いの後に、
 「立ち飲みできますか」と問えば、
 「何にしましょうか」と。

一気に緊張の糸が解け、瓶ビール中と6Pチーズを注文したが、冷蔵庫の中にアテを発見。やがて常連さんが次々現れて、立ち飲み談義に。

「この前の道には、村雨堂があるし、天皇の通り道やで」
 「この店には、面白い人間が集まるなあ。オカマも来るで~。春木一夫(*)という作家もおったなあ」
 「今日はじめての人もいるし、まあ、常連さんの憩いの場やなあ」

と、日常の何気ない会話をアテに楽しく飲んでおられ常連さんと品格のある美人女将がいる居心地のいい酒場と思ったものである。

その後もたまに寄らせていただいて、もう10余年が経過する。いつもは昼間だったが今回、午後5時に寄るとすでにテーブルの半分、椅子ありの方は埋まっていた。初めて来たときに聞き漏らしていた店のことなどを改めて聞きながら、いつものようにサッポロビール黒星とたこ焼きでスタートである。

さっそく、週間ポストの連載「男の聖地 角打ちに憩う」の取材陣のお一人を知っているというお客さんの一人が声を掛けてくれた。うれしいなあ。この一言から話が次から次へと繋がっていくのである。

丸丹酒店の近くにかつて中華飯店があり、瀬戸カトリーヌさんのお母さんがよく来ていたと店の方から聞いた。その店の話をすると「行ったことはあるなあ。でも2回は行かなかった」と常連さん達。「ラーメンを注文しただけでコーヒーが出ましたよ」と筆者。

話題は次々と移り、新開地の焼き鳥店、今はなき神戸松竹座のことにまで及び「上と下、どっちがうまい?」「好みによるかなあ」「下は昼開いていて重宝するなあ」「吉本より松竹の方が面白いなあ」と、話題が途切れることはない。

そうこうしていると「弓場八幡神社の庭を毎日掃除している」と聞こえてきたので「地元新聞でその記事(**)見ましたよ」と筆者が応える。掃除している声の主は最初に声を掛けてくれたお客さんで、元メジャーリーガーのマック鈴木さんの父上だったので正直驚いた。材木酒店で出会った方や丸丹酒店の一番古くからのお客さんにも会うことができた。何度も繰り返すが神戸は狭い。

ここからまた近鉄にいた鈴木啓示氏や先ごろ亡くなった野村克也氏らの野球の話になっていくのである。飛び出した話は覚えきれないが、この間にカメラの福田さんは日本酒に切り替え、筆者はハイボールや缶チューハイを口にしていた。

気が付けば閉店の時間である。帰り支度をしていると一人の女性客が「魚屋さんが刺し身持ってくるよ」と言う。しばし待機すると魚屋さんがパックに入れた魚をテーブルに並べてくれた。鯛、ハマチ、イカ、マグロが入ったパックがなんと200円ということで一つ買わせていただいた。持ち帰ってから熱燗でもう一杯飲んだことは言うまでもない。

代表作「神戸の本棚」の著書がある植村達男さんが「時間創造の達人」の中で“酒場は図書館”と記述していたことが思い出される。また「醸界春秋」という雑誌では、漫画家の高橋孟氏が「夜の図書館」というエッセイを寄稿し、“夜の酒場は図書館の閲覧室のようなもの。貴重な資料を提供してくれる所だ。”と記している。この日の丸丹酒店には博識なお客さんが多く集い、まさに夜の図書館のようであった。

用意していた質問”女将さんにとって角打ちとは何か”を聞きそびれてしまった。次回訪問の際に聞いてみることにする。

「筆者注」
(*)作家春木一夫氏は兵庫県生まれ、丸丹酒店の氏原昭子さんの父である。戦時中は兵士、軍属として従軍。戦後は兵庫県警に勤務。退職後作家生活に入る。著書に『兵庫史の謎』『山陽特殊製鋼再建の奇跡』などがある。
(**)神戸新聞2019年7月21日掲載「元メジャーリーガーの父、小さな神社を毎日掃除する理由」

「丸丹酒店」
神戸市須磨区天神町3丁目4-24(離宮道)
TEL078-731-1604
営業時間 9:00~20:00
定休日 日曜

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