COFFEE Blog vol.3 | Go!ひょうご

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COFFEE Blog vol.3

コラム コーヒー

前回の続き

さて、エチオピアに続き、COFFEE BLOG2か国目は大西洋を渡りカリブ海に面した中米、メキシコについて取り上げていきたいと思います。

まずは『メキシコでのコーヒーの歴史やコーヒー産業について』(vol.3)、続いて『そもそもメキシコ社会、経済の現状』、『社会課題や解決プロジェクト』(vol.4)などについてお話を進めていきたいと思います。

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早速ですが、みなさんはメキシコについてどのようなイメージをお持ちでしょうか?そしてメキシコのコーヒーと聞いて何か思い浮かぶでしょうか?メキシコには古代アステカ帝国やサボテン、シルバー、タコス(サルサ)、リゾートなど、いろいろな要素がありますが、今回のブログを通して新たなメキシコの一面にお気づきいただけると嬉しいです。

まず、メキシコのコーヒー生産量ランキングは世界第9位(390万袋≒2億3400万kg, 2015/2016年)を誇り、中米ではホンジュラスに次ぐ第二の生産国です。日本でもよく知られているグアテマラは世界第10位(340万袋≒2億400万kg, 2015/2016年)と、実はメキシコの方が生産量は多いのです。
話は逸れますが、最近ではホンジュラス産のコーヒーも見かけるようになりましたし、弊店でも取り扱いはあります。しかし、一般的にはまだ珍しい生産国の一つかと思います。比較的生産量の多いホンジュラスですが、なぜ日本のマーケットに入ってきていないのでしょうか。データでは、コーヒーの輸出額の内、日本へはわずか2.9%にとどまり、ヨーロッパへの輸出が全体の70%を占めています。一部には、ホンジュラス国内のコーヒーマーケットや行政サービスが整っておらず、割安で取引がなされてしまうため、コーヒー産業のマーケットが発達している隣国へ輸送され、消費国へ輸出されているためホンジュラス産とみなされない場合があるなど、構造的な問題もあるようです。しかしながら、ホンジュラスではCup OF Excellenceというコーヒーの品評会が開催されるようにもなり、今注目されているコーヒー生産国の内の一つといえるかと思います。

話を戻しますが、前回のエチオピアが対GDP比で農業の占めるシェアが約45%(214億ドル、2013年)だったのに対して、メキシコはわずか約3.3%(415億ドル、2013年)と製造業が強いメキシコのイメージはそのままのようです。近年では日本の大手自動車メーカーが北米の生産拠点をメキシコに移すなど、メキシコ進出も多くなっています。
ちなみに、メキシコでのコーヒー産業は、同国南部の4つのエリア(チアパス、オアハカ、ベラクルス、プエブラ)が中心となっています。また、大半は小規模農家で、実際は行政サービスのあまり行き届いていない貧困地域での生産となっています。

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さて、ここでメキシコでのコーヒーの歴史を振り返ってみたいと思います。
大きな流れで言いますと、『スペインからの入植者たちによってもたらされたコーヒーを小規模生産者が少しずつ生産を拡大させていたものの、1980年代の政府のデフォルトにより一端は激減した生産量が、協同組合や市民団体の活動により、回復した。』という流れです。

メキシコに初めてコーヒーの木が植えられたのは、18世紀後半、スペイン人の入植者がキューバやドミニカ共和国から持ち込んだものがルーツとなっています。その後、1790年代に最初のコーヒー農園がベラクルス南部に開園されます。他のカリブ海諸国や中米諸国と異なり、メキシコに移住してきたスペイン系の人々は、植民地時代が終わってからもずっとメキシコ(南部)での土地所有を続け、コミュニティの形成などに取り組んでいます。スペインからの独立後、フランスやアメリカなどとの領土問題で不安定な時期はあったが、コーヒー生産の中心、メキシコ南部では先住民とその他入植者たちとの間で土地の分割が進められ、人々がまじめにコーヒー栽培に向きあい、コーヒー農園が急速に拡大していきました。
その後、 グアテマラとの国境問題が解決すると、未登記であった国境付近などでもコーヒー農園が始められ、農園主たちはより積極的にコーヒー事業への長期的な投資にも取り組めるようになっています。

1900年代中頃からにメキシコ国立コーヒー研究所が開設され、生産者への技術的なサポートや市場への輸送手段の供給などを進め、また一方でICA(ロンドンに拠点を持つコーヒー事業者の共同団体)と協力することで、メキシコのコーヒーを国際市場へ供給するべく活動を進めていた結果、コーヒーの生産量は一気に拡大していったが、政府のサポートはコーヒー事業から拡大はせず、主要なチアパスやオアハカなどのエリアは公共サービスの欠如した貧困地域から抜け出せずにいました。

1980年代、海外債務の拡大やオイル価格の下落により、メキシコ政府はデフォルト状態に陥ったのをきっかけに、より自由化に向けた取り組みが進められるようになりました。その後約10年、メキシコ政府はコーヒー生産者へのサポートをわずかながら続けていましたが1989年にINMECAFEの継続も不可能となり、サポートが終了しました。期を同じくして、ICAもなくなることとなり、これらの影響は小規模農家にとって計り知れないものでした。
1985年の一次産品の輸出総額の内、コーヒーは882百万ドルを占めていましたが、1991年には370百万ドル以下まで落ち込んでいます。INMECAFE不在の状況はブローカーにより媒介されていたものの、農民たちは情報の欠如、市場へのアクセス方法の欠如などにより、コーヒーの販売が難しくなっており、状況の改善が必要とされていました。
INMECAFEの崩壊前から、より政治不安の影響を受けにくい民間組織の必要性は明確でしたが、1990年頃よりCEPCO(the Oaxacan State Coffee Producers Network)UICIR(Union of Indigenous Communities of the Isthmus Region)といった団体の活動が小規模農家にとって大きなサポートとなり、コーヒーの生産に向けた前向きな取り組みが始められました。
CEPCOは1993年からオーガニック作物の生産を推進し、フェアトレードによって得た利益はメンバーの為に使われています。具体的には女性組織の促進や技術サポート、生命保険、インフラ整備など。現在90%は2ヘクタール以下の小規模農家で組織されており、34の地域団体で構成されています。

これらの協同組合は安定した販売価格と収穫前の資金調達を可能にし、コーヒーの輸出取引を正常な状態に近付けることに貢献しています。また、INMECAFEに代わり生産者をサポートするだけでなく、有機コーヒー業界でのポジションを確立させ、環境への取り組みや学校、病院などの社会サービスの提供も行い、経済的にも多様な支援を行っています。

このようなメキシコでの協同組合や市民団体の成功事例は世界で最も魅力的な社会運動としても注目をされています。

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ここまで見てきたように、メキシコは政治的な動向に左右されながらも現在はオーガニックコーヒーという一つの強みを活かし、主要なコーヒー生産国の一つとしてのポジションを担っています。

次回は、政治的な動向や社会情勢、そしてコーヒーの生産地域が抱える問題などを取り上げながら、メキシコの課題解決に向けたプロジェクトをいくつかご紹介できればと思います。

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