サンテレビガールズ大同窓会

◆ OGの思い出原稿

藤川みな代さんからの思い出メッセージです♪

サンテレビガールズ大同窓会

―サンテレビガールズの初年度で最も思い出の残っていることは何ですか?その理由も教えてください。

1993年の夏に「サマーキャンプ」の撮影に参加させて頂いたことが一番の思い出です。兵庫県多可郡で小学生たちと一緒にキャンプをしたのですが、初めてプロのタレントの方と一緒にロケに参加し、子どもの頃から憧れていたリポーターの仕事にチャレンジさせて頂きました。

―阪神・淡路大震災はどの地域で経験されましたか?当時の状況など差し支えない範囲で教えてください。
震災の時には、兵庫県川西市の自宅にいました。自宅は一部損壊で、家族に怪我もなく無事でした。しかしガールズとして通い慣れた神戸の街並みが大きく変わり、被害の大きさを目の当たりにして、強い衝撃を受けました。
―1995年のガールズ募集が不可能になり、さらに1年継続して欲しいとサンテレビからオファーがあった時にどのように感じましたか?そして、継続を決断されたのはどのような思いからでしょうか?
1993年のガールズの活動を通じて、神戸を自分のふるさとのように感じていました。
そして、お世話になった事業部の皆様のお顔がすぐ浮かんで、私でお手伝いできることがあれば、是非取り組みたいと思いました。テレビ局で仕事がしたいという気持ちも日々、強くなっていたので、声をかけて頂いて、即決断しました。
―通常であれば活動のハイライトである「神戸まつり」が中止されるなど大きな変化があったかと思いますが、震災の年のガールズの活動はどのようなものでしたか?
1チャリティ・コンサートの受付や、復興を目指すイベントに参加してくださった方々に記念品を配布するなど、震災に関連した活動があったと記憶しています。
―1995年のガールズ活動で最も印象に残っていることを教えてください。
「すこやか兵庫」のリポーターを務めさせて頂いたことが最も印象に残っています。
保健師(当時は保健婦)の資格をもった兵庫県の職員の方と一緒に、県内のあちこちにロケに出かけ、スタジオ収録にも参加させていただきました。テーマは、子育てから高齢化まで幅広く、特に、仮設住宅で暮らすお年寄りの健康法や不眠症対策の取材をさせて頂いたことは貴重な経験でした。
―特別な2年目を含むガールズ活動はあなたの人生にとってどのようなものでしたか?
中学生のころから漠然と「テレビのリポーターになりたい」という夢を抱いていた私が、ガールズの活動を通じて、実際にテレビの世界に触れさせて頂き、真剣にテレビ局での仕事を目指すようになりました。特に震災後の活動では、「報道」というジャンルを強く意識するようになりました。振り返ると、いま記者として働く土台をサンテレビでつくって頂いたと感じています。
―そのほか、印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
ゴルフをはじめスポーツの大会や、番組のロケなど、ガールズの活動を通じて、テレビの仕事は決して1人では出来ないこと、チームワークの大切さを知ることが出来ました。
ロケ先ではカメラマンやディレクターの方から、ひざ詰めで取材することの大切さを教えて頂きました。
最後になりましたが、50周年 誠におめでとうございます。
現役ガールズの皆さん、これからガールズになる皆さん、テレビの世界に飛び込んで是非いろんな経験を積み重ねてください。ご活躍をお祈りしています。
ガールズの経験がなければ、私は今の仕事には就けていなかったと思います。
ガールズに選んでいただいたこと、活動を継続させていただいたこと、改めて心より感謝申し上げます。

第25期 藤川みな代 / テレビ朝日報道局政治部記者

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