阪神ファンで「得」したこと。

誰かや何かを好きになるのに、損や得やなんて頭にないし、万一そんなことが基準だとしたら、「好きなプロ野球チームは阪神タイガースです」なんてことにはならないと思う。(まじで。)

なのになぜこんなタイトルになったかというと、人生で一度だけ、「阪神ファンでよかった!!得した!!」と、神様に感謝するほど強く思ったことがあるからだ。
先日、あるオフィスビルの前を通り、懐かしくなった。

そのオフィスビルはとても立派で、いかにもちゃんとしてる企業が入っていそうな…多分ちゃんとした企業が入ってるんでしょう。私は、敷居の高そうなそのビルそのものにさえ威圧されていたんだと、久しぶりに見て改めて感じた。

昔、仕事で何度もこのビルを訪れた。
そこには、ある弁護士の先生の事務所がある。
当時私は、勤めていた会社で契約書を作ったりしていた。
そういう知識や経験があったわけではないのだけど、小さな会社で、単に他にやる人がいなかったからだ。
で、当時の私は、「やらされている」感満載で、不満だらけだった。好きでも得意でもない仕事を、名ばかりの会社のエライさん連中がただ一担当に責任ごと押しつけている、そう感じていたからだ。

そんなある日、締結前の契約について不備がないか、上司と、弁護士の先生に相談のため訪問することになった。
それがあの威圧ビルだった。
弁護士のS先生とうちの親会社とは顧問契約を結んでいたようだが、うち(子会社)はその範疇なのか定かではなく、なのに上司は手土産でいつもお茶を濁していた。
私は、その姑息さも恥ずかしくて申し訳なくて、手土産には大好きなアンリ・シャルパンティエの焼き菓子の一番大きな詰め合わせを選んで、なんとか許しを乞うた(心の中で)。

S先生の事務所は、若い弁護士さんらしき人や事務方の人が、法律書や資料や「紙」の山に埋もれて、特に会話もなく仕事に忙殺されている様子だった。
通路、といえる通路もないほど、本やなんかわからんもので溢れかえった奥に、応接!?え!?応接!?物置きかと思いましたけど!というところに通された。

初めてお邪魔したときには、ただ圧倒され、そして出てきたS先生を見て
「親分や。」と思った。
白髪でお年にも見えるけど、姿勢がいいので大きく見えて、眼光するどく…なんでそんな見た目怖いかな。
「座り。」のひと言が、若い衆出てくる合図にしか聞こえんかった。
この風貌で法律家………
あとで親会社の人に聞くとそっち方面の対策にも名を馳せてるとかなんとか…どっち方面よ。

古いソファはドーンとお尻が沈み、反動で足が上がる。スカートで来なかったことを自分で褒めてやった。
S先生はとにかく忙しい方だった。優しそうな方とは思えなかった。
名刺を渡すその時間すらS先生には面倒だということもひしひしと感じる中、2、3上司が相談して、一言二言を返されて(一蹴とも言う)、それで「相談」は終わった。
面談者が次から次へと待っているのだ。
挨拶もそこそこに出てくると次の面談者が「またあんたか!」と言われながら出迎えられているのを背後に聞く。

次、来たくない・・・・・。

めちゃめちゃ怖かった。
何が怖いって、人の話を最後まで聞いてくれないこと。なのに、全部お見通しなこと。
中途半端で、仕事の中身も理解せず、ただついてきてしまったのがきっと見透かされている。
怖い、というより、畏怖。恐怖心だけではなく、どこか敬意の気持ちも芽生えたのは確か。

次からは私一人で訪問しなければならないということもあり、必死のパッチだった。
本を3冊ほど買い、読んだとは言い難いのだけど、ふせんはいっぱいつけた。
すると、小難しい言葉が並んだ契約書も、基本的には「誰がいつどこで何をいくらでどうする」と書いているだけだと気付いた。(3冊も買って。やっと。)
苦手だった「甲」や「乙」も単なるあだ名だねと、スラスラ読めるようになった。

再訪。

パンツスーツで、アンリ・シャルパンティエを持ち、「座り。」の一言をもらい、ド緊張でソファに沈んだ。
さぁ、とメモのためペンケースを出した。
…ない!中身がない!1本しかない!「桧山進次郎」と勘亭流フォントがプリントされたタテジマのボールペンしかない!
「阪神ファンか。」
見つかった。怖い。

「すみません!!!!」
条件反射で謝るっていう。
終わった…こんなところでこんなふざけたボールペンを出した私など桧山共々追放されるのだ。

そしたらなんとS先生
「そうか。わしは阪神ファンのファンや。」

「え。」

「阪神ファンてかわいいやろ。あんなもんに一生懸命でな。せやから阪神ファンのファンや」

(あんなもん)

阪神ファンでもなく、野球にも特別な興味はないそうだが、とにかくすなわち要するに私のファンということやんな。(飛躍)
阪神ファンでよかった…助かった!と涙目になった。

その日から先生は、私が顔を出すと「どうや阪神、調子は」なんて聞いてくれるようになった。
「はい!今は悪いですけど、これが底なんですよ!」と図に乗ってしゃべり、無視されるのだけど。。
でも、S先生から、私はたくさん大事なことを教わることができた。
阪神ファンだったから。

やがて私がその会社を辞めることになり、先生の事務所まで挨拶に行った。
きっと無感情で「そうか」と言われて15秒ぐらいで終わる挨拶だと思っていた。
違った。
驚いた表情で聞いてくれた上に、事務所の出入口まで付き添ってくれ、「何かあったらいつでも来なさい」と言って背中をたたいて送り出してくれた。

上司に連れられて初めてここに来たときのこと、アポイントをとることすら憂鬱だったこと、電話はいつも早々とガチャンと切られ怖かったこと、やっと少しの会話ができるようになって嬉しかったこと。
顔を見ると泣いてしまうと思ったので、うつむいたまま何度もお辞儀をして、お礼を言って事務所をあとにした。

あの日以来だ。
S先生、お元気かなぁ。
おかげさまで先生を訪ねなければならないような「何か」もなく、今年も「あんなもん」の季節がやってきた。

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