ゆあぺディア~私とセンバツその⑧~

センバツコラム~その⑦~で述べたように、3季連続で甲子園観戦を我慢したおかげで(?)、この年の春、大学に合格しました。
1994(平成6)年、第66回大会は、私がこれまでで唯一、10日間甲子園に通い詰めた大会です。
ただし、観戦ではありません。売り子のアルバイトとしてです。
「とにかく高校野球を毎日見たい・・・」。ただ、それだけでした。
しかし、毎日行くだけの予算はありません。もう四半世紀以上前の話ですから、正直に申し上げますと、
アルバイトなら交通費は出る、しかも高校野球の空気をずっと味わえる、最高やん、と。
アルバイト代は、二の次。中学時代からの親友と、人生初めての“挑戦”でした。

「じゃあ、行ってらっしゃい」
お店の責任者の一言で、私にとっての“特別なセンバツ”が始まりました。
センバツコラム~その⑥~で述べた1992年センバツ以来の甲子園。あの時は雨・雨・雨でしたが、この年は、開会式から晴天に恵まれました。
ただ、アルバイトは予想以上に難しくて・・・、特に初日!
私が担当したのは、主にビールと日本酒。
当時19歳、ビールなんて飲んだことがありません。すなわち、ビール缶を開けたこともありません。お酒をついだこともありません。まず、ビールの泡をいかに少なくつぐか。いきなり本番ですから、何回も失敗しました。時々「泡、多いやん」と怒られながら。
そうそう、持っていたケースごと思い切り引っ繰り返して、中に入っていた日本酒の瓶を全部割ったこともありました。幸い、お客さんにケガがなくてよかったですけど。
でも、楽しかったなあ。
通路を歩いていても、食堂で昼食を取っていても、もちろんスタンドを歩いていても、
至るところで高校野球が身近に感じられるのですから。
親友は途中で挫折していましたけど(笑)あっという間に10日間が過ぎました。

ただ、初日だけは、さすがにグッタリ疲れて、親友と相談して、第3試合だけアルバイトを早めに切り上げて観戦することに。当時無料のライトスタンド。石川・金沢―島根・江の川(現・石見智翠館)の試合。
2人とも何気なく、ボーっと試合を見ていました。
9回2アウト、3-0で金沢がリード。マウンドには金沢のエース、中野真博投手。
江の川、最後のバッターはショートゴロ。1時間28分で試合終了。
「早い試合やったね」と話した瞬間、15000人の観衆から拍手喝采。
「うん?なんかあったん?」
スコアボードをふと見ると、江の川「安打0」。
「えっ?」
「ノーヒットノーラン!?すごいやん!」

スマホがなかった時代でした。
今だったら、写真を相当撮っていたでしょうね。
でも、当時は違います。ただただ、拍手を送っていました。

スマホがなかった時代でした。
今だったら、帰りの阪神電車でずっと携帯電話とにらめっこだったでしょうね。
金沢・中野投手のコメントが早く知りたくて。
でも当時は違います。親友と興奮冷めやらぬ状態で熱く語り合っていました。

スマホがなかった時代でした。
今だったら、すぐに分かっていたでしょうね。
でも当時は違います。夜のハイライト番組を見て、驚愕しました。
まさか、大会史上2度目の「完全試合」だったとは・・・。

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