こはまの履歴書20、これから挑戦したい事

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」

ここまでアナウンサー20周年を、

19個のコラムで振り返ってきました。

今回は20個め

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」
青森テレビ時代のスタジオ

泣いたり笑ったり青春そのものだった青森テレビ時代。

野球実況の夢をかなえるため奔走した20代半ばの時代。

そしてサンテレビ入社。

30歳代は甲子園球場などでプロ野球実況させてもらい、

その難しさを身を持って実感させて頂きました。

また40歳前後は(月)~(金)まで帯で6年間も報道番組を担当。

物事や社会を見る上で大きな糧になっています。

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」
高校ラグビーの応援

実はサンテレビ入社前に、

もう1つのテレビ局とどちらにするか迷っていました。

その局はテレビとラジオ両方持っていて、実家と同じ関東にあり、かなり迷いました。

(岡村孝子さんや日高晤郎さんのラジオが大好きだった私はラジオにも強い憧れを持っていました)

青森テレビに入る前も、

スポーツ新聞の記者になるか迷いました。

これまでいくつかの人生の岐路があったと思いますが、

その時々の選択は間違っていなかったと確信しています。

青森テレビとサンテレビには本当に感謝、感謝です。

毎年正月に、いまやりたい事を手帳に書くようにしていますが、

まだまだたくさんあります。

就職活動で苦労した経験から、就活のノウハウを伝える講演をしたり、

1時間のドキュメンタリーを作りたい(テーマはもう決まっています)などなど…。

もちろん、このコラムや子育てコラムもやりたい事の1つです。

これからも、「生涯一捕手」ならぬ「生涯一アナウンサー」として歩んで行けたらと思っています。

コラムを20個ご覧頂いた皆さん、ありがとうございました。

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