こはまの履歴書13、大師匠、世界の盗塁王・福本豊さん

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」

プロ野球実況を担当していた頃、福本豊さんには本当にお世話になりました。

ある日、球場で取材中、

福本さんから「間もなく着くから、球場の入り口で待っておけ」と電話がありました。

待っていると、ある物が入った箱を渡され「ついて来い」と。

向かった先は監督室

我々報道陣でも立ち入り禁止の場所です。

当時、楽天の監督は野村克也さんでした。

福本さんと野村監督は旧知の中。

部屋には監督付きの球団広報が目を光らせていましたが、

私も“鞄持ち”という立場で入れてもらえました。

箱の中身は野村監督の大好物のお店のあんぱんでした。

「こんな物よこして、俺を早死にさせる気か」と、

そこでも得意のボヤき節でしたが、野村監督は上機嫌。

お二人の会話を真近で聞かせてもらい、

実況で使えるようなたくさんのネタやヒントを頂きました。

おそらく福本さんは、

駆け出しで取材ネタを集めるのに苦労する私を見て、

鞄持ちをさせてくれたのだと思います。

何も言わず、サラリと監督室に連れて行ってくれた福本さん。

涙が出る程うれしかったです。

スポーツアナウンサーとして未熟な私は、

しょーもない事を言っては、

福本さんによく叱られました。

でもそこには愛があります。

本当に優しく、周りに気配りをし、周囲をよく見ている方です。

そして福本さんはエラい人にも私のような者にも、

誰に対しても態度を変えません。

それと、一流の方、皆さんに共通している点ですが、

記憶力が抜群です。

解説時、たいていの解説者は、スコアブックをつけていますが、

福本さんはつけません。

つけなくても、全部のプレーが頭に入っているのです。

さっきこの打者にはどんなボールから入り(初球)、

どんな球でどんな結果になったのか(結果球)も全部です。

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」
スポーツアナウンサー駆け出しの頃

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