ちょっと考えてみませんか?

先日、禁煙シンポジウムに参加しました。

日本タバコフリー学会学術大会です。

「百害あって一利なし」のタバコ。

煙には70種類以上の発がん性物質があるとされ、

他人の煙が原因の受動喫煙による死者は年間1万5000人にものぼります。

国内外の研究者や医師によると、

加熱式もタバコはタバコ。

本質的に有害であり、発がん物質を含んでいると、

専門家の立場から警鐘を鳴らしていました。

有害な煙から子供たちをどう守るか、

東京五輪を前に、受動喫煙をどう防ぐか、

大いに考えさせられました。

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こはまの履歴書20、これから挑戦したい事

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」

ここまでアナウンサー20周年を、

19個のコラムで振り返ってきました。

今回は20個め

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」
青森テレビ時代のスタジオ

泣いたり笑ったり青春そのものだった青森テレビ時代。

野球実況の夢をかなえるため奔走した20代半ばの時代。

そしてサンテレビ入社。

30歳代は甲子園球場などでプロ野球実況させてもらい、

その難しさを身を持って実感させて頂きました。

また40歳前後は(月)~(金)まで帯で6年間も報道番組を担当。

物事や社会を見る上で大きな糧になっています。

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」
高校ラグビーの応援

実はサンテレビ入社前に、

もう1つのテレビ局とどちらにするか迷っていました。

その局はテレビとラジオ両方持っていて、実家と同じ関東にあり、かなり迷いました。

(岡村孝子さんや日高晤郎さんのラジオが大好きだった私はラジオにも強い憧れを持っていました)

青森テレビに入る前も、

スポーツ新聞の記者になるか迷いました。

これまでいくつかの人生の岐路があったと思いますが、

その時々の選択は間違っていなかったと確信しています。

青森テレビとサンテレビには本当に感謝、感謝です。

毎年正月に、いまやりたい事を手帳に書くようにしていますが、

まだまだたくさんあります。

就職活動で苦労した経験から、就活のノウハウを伝える講演をしたり、

1時間のドキュメンタリーを作りたい(テーマはもう決まっています)などなど…。

もちろん、このコラムや子育てコラムもやりたい事の1つです。

これからも、「生涯一捕手」ならぬ「生涯一アナウンサー」として歩んで行けたらと思っています。

コラムを20個ご覧頂いた皆さん、ありがとうございました。

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こはまの履歴書19、四十の手習い、新たな挑戦

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」

現在は4時!キャッチ」(月~金:16時)の(月)(水)に出演しながら、

ディレクター(社会情報部)も兼務しています。

ロケに行ったり、台本を書いたり、番組ゲストの駐車場の手配など、

裏方の仕事が結構あって、“四十の手習い中”、新たな挑戦です。

どこにロケに行こうか、スタジオはどう展開しようか、そんなことばかり考えています。

結構、アイデア勝負です。

先輩の谷口アナウンサーが「40代は充実してとても楽しかった」と以前話していました。

出演者+作り手=二刀流。

二刀流の40代にどんな未来が待っているのでしょうか?

40代に入り、最近は年齢を感じることも多くなってきましたが、

これまでの経験を元に、新しい自分を追加していきたいと思っています。

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」
4時キャッチでは二刀流

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こはまの履歴書18、両親の前でヒーローインタビュー

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」

もう1つヒーローインタビューで忘れられないのは、

横浜スタジアムでの出来事。

両親が見に来てくれた時に、

ヒーローインタビューを担当しました。

両親は神奈川に住んでいるので、

なかなか仕事の様子を見せることができません。

緊張しながらマイクを握る姿を両親に見てもらって、

少しは親子孝行ができたかもしれません。

地方局のアナウンサーが、

その局の地元以外で、

自分の姿を見てもらおうと思ったら

“全国放送”しかありません。

全国放送、つまり東京のキー局に送るニュースは“のぼり”といって、

地方局では、思わず力が入ります。

青森時代、

当時は“全国女子アナNG大賞”みたいな番組が結構ありました。

出られるのは当然女性アナのみ。

全国放送の貴重な機会です。

ある時、NG大賞みたいな番組に出演する予定の後輩アナが、事前アンケートで、

「番組盛り上げますんで、真ん中(センター)にして下さい」と書いてFAXしていました。

全国放送で、しかも系列局のアナウンサーが集う番組で“センター直訴”なんて!

なんてメンタルが強いんだ、と驚いたことを覚えています。

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」
青森時代の温泉リポート。バックは雪景色

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こはまの履歴書17、忘れられないヒーローインタビュー

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」

プロ野球担当のアナウンサーの重要な仕事に、

ヒーローインタビューがあります。

インタビューで、

その日の“主役”である選手の喜びの表情やコメントをいかにして引き出すか、

いや、アシストするか…。

(甲子園など大観衆の前でのインタビューは足が震えるほど緊張するものです)

アナウンサーは“話す”“伝える”という、

いわゆる前に出る仕事というイメージが強いかもしれませんが、

実は、インタビューでも取材でも、

相手の話をしっかり聞き、

相手をたてるというのがとても大切な仕事です。

忘れられないヒーローインタビューがあります。

2006年5月27日。

当時オリックスの清原和博選手。

実はヒーローインタビュー担当の数日前に、

たまたま清原選手のヒーローインタビューをテレビで見ていて、

自分が担当する時にはどうするか、とイメージを膨らませていました。

いざ、試合の日。

交流戦で横浜(当時)が終盤までリードしていて、

ヒーローインタビューの選手も横浜の選手に決まっていました。

しかし、オリックスがチャンスを作り、

清原選手、登場!

なんとクルーン投手から、

逆転サヨナラ満塁ホームラン!!

ライトへの清原選手らしい美しい放物線でした。

私は急いで横浜ベンチからオリックスベンチに走り、

質問内容を何も用意できないまま、肩で息をしながら、

ドキドキのヒーローインタビュー。

我々の世代にとっては、

清原選手は憧れの“特別な存在”

コメントも、笑いを取りつつ、さすがの千両役者でした。

選手の喜びの瞬間に立ち会い、

皆さんと共有できる、

アナウンサーの醍醐味です。

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」
阪神タイガースの優勝旅行のハワイ取材。貴重な経験を積んだスポーツアナ時代

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こはまの履歴書16、ニュースポートを6年担当して感じたこと

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」

ニュースを読む時、

アナウンス技術的には音の高低、強弱、長短、間などを使い分けますが、

最終的にはやはり“気持ち”です。

報道番組「ニュースポート」を担当して実感しています。

喜怒哀楽、様々なニュースを原稿の意味をしっかりと読み取り、

“これはこんなニュースなんですよ”と視聴者に声でかみ砕いて“伝える”。

読むんじゃなくて伝える、です。

一文一文、意図を持って伝えるが大事だと思っています。

ニュースを担当する際“1本1本挑戦できているか?”自分に問いかけるようにしています。

また自分でも、企画を立て、取材し編集をするという記者の仕事も担当することで、

記者やカメラマン、編集マンなどの気持ちも分かるようになりました。

スタジオでニュースを伝えるだけでなく、取材し現場で多くの事を学び、視野が広がったと思います。

報道番組は原稿と映像とナレーション、そしてスタジオワーク、スタッフ全員の“総合芸術”だと思います。

「ニュースポート」は終了してしまいましたが、報道部はニュースを伝え続いています。

またいつか、報道番組も挑戦したいです。

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」
取材中の私

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こはまの履歴書15、ライバルから学んだこと

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」

ライバル局のアナウンサーでも、こちらが真剣であれば、しっかりと教えてくれるものです。

ランチをしながらアドバイスをもらったり、

放送のDVDを見てもらったりもしました。

ここで2人の師匠に学んだのは、

たとえ1分のニュース原稿でも、

どうやったら分かりやすく伝わるのか、言葉と格闘する、

“挑戦する”ということです。

師匠は意識が本当に高い。

原稿への向き合い方、こだわり方がすごい。

アクセントやイントネーションはもちろん、

原稿が分かりづらかったら、記者と話をして表現を変えたり、語順を入れ換えたりします。

取材してきた記者や司令塔でもある報道デスクに、

原稿の直しを提案するのは、一筋縄ではいきません。

しかし、アナウンサーは記者と視聴者をつなぐ架け橋

記者の思いを“翻訳”し視聴者に届けるのも仕事。

自分は30分のニュース番組を仕切る“料理長”なんだという気概を持ってお伝えしてきました。

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」
料理長の気持ちで

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こはまの履歴書14、時にはライバルにも弟子入り

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」

サンテレビで2012年~18年3月まで、「ニュースポート」という報道番組を担当しました。

月~金曜日まで。ここでニュースの世界にどっぷりと浸かりました。

ライバル局のニュースを自分なりに研究し、

ナレーションがずば抜けて上手な2人のアナウンサーを見つけました。

どうやったら、あんな風に表現できるのか?

本番前にどんな準備をしているのか?

聞きたい事が山ほどあります。

ここでも得意の「勝手に弟子入り作戦」です

ツテを頼って、

他局の2人のアナウンサーに会いに行くことになりました。

(つづく)

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」
弟子入りの結果は…

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こはまの履歴書13、大師匠、世界の盗塁王・福本豊さん

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」

プロ野球実況を担当していた頃、福本豊さんには本当にお世話になりました。

ある日、球場で取材中、

福本さんから「間もなく着くから、球場の入り口で待っておけ」と電話がありました。

待っていると、ある物が入った箱を渡され「ついて来い」と。

向かった先は監督室

我々報道陣でも立ち入り禁止の場所です。

当時、楽天の監督は野村克也さんでした。

福本さんと野村監督は旧知の中。

部屋には監督付きの球団広報が目を光らせていましたが、

私も“鞄持ち”という立場で入れてもらえました。

箱の中身は野村監督の大好物のお店のあんぱんでした。

「こんな物よこして、俺を早死にさせる気か」と、

そこでも得意のボヤき節でしたが、野村監督は上機嫌。

お二人の会話を真近で聞かせてもらい、

実況で使えるようなたくさんのネタやヒントを頂きました。

おそらく福本さんは、

駆け出しで取材ネタを集めるのに苦労する私を見て、

鞄持ちをさせてくれたのだと思います。

何も言わず、サラリと監督室に連れて行ってくれた福本さん。

涙が出る程うれしかったです。

スポーツアナウンサーとして未熟な私は、

しょーもない事を言っては、

福本さんによく叱られました。

でもそこには愛があります。

本当に優しく、周りに気配りをし、周囲をよく見ている方です。

そして福本さんはエラい人にも私のような者にも、

誰に対しても態度を変えません。

それと、一流の方、皆さんに共通している点ですが、

記憶力が抜群です。

解説時、たいていの解説者は、スコアブックをつけていますが、

福本さんはつけません。

つけなくても、全部のプレーが頭に入っているのです。

さっきこの打者にはどんなボールから入り(初球)、

どんな球でどんな結果になったのか(結果球)も全部です。

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」
スポーツアナウンサー駆け出しの頃

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こはまの履歴書12、野球実況とは…1枚のスタメン表

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」

プロ野球実況を初めて担当したのは、

忘れもしない2006年9月19日甲子園での阪神対ヤクルト戦

高校時代には立てなかった甲子園で、

放送席から実況できる。

大感激でした。

“30歳までにプロ野球の実況をする”という目標を少し過ぎた、

31歳の時でしたが本当に嬉しかったです。

‘06年から’11年まで担当したプロ野球実況では、

サンテレビの先輩アナウンサーなどがいろいろ教えてくれました。

本番までの準備の仕方、

毎日の資料のつけ方など。

さすがは“野球中継のサンテレビ”目からウロコでした。

ある時、先輩が1枚のスタメン表を指さし、「これ読んでみて」と言いました。

今で言うと、1番センター高山、2番ショート鳥谷、3番ライト糸井…みたいな感じでしょうか。

まず、これをかまずに9番までリズムよく読むのは結構難しいです。

息継ぎの仕方や声の出し方などちょっとしたコツがいります。

さらにスッと言葉が出てくるようにするには、練習も必要です。

また、1番から9番まで全部読むと時間がかかります。

そんな時はどうするか?

例えば昨日とオーダーが違う所だけ読む。

1、2番と中軸、バッテリーなど主要な所だけ読むなど、

スタメン紹介1つとっても色々な切り口があるのです。

ビジネスの世界ではよく“選択と集中”と言われますが、

テレビ局の場合は“強調と省略”がとても大事だと思います。

情報を整理し取捨選択して、視聴者にポイントを絞ってお伝えする。

情報を思い切って削って、

その分、強調する所は厚めに伝えるなど工夫します。

「言葉を削って、表現を磨いて、視聴者に届ける」という手法は、

実況でも報道でも、いつも大切にしています。

アナウンサー生活20周年を20個位のコラムで振り返る「こはまの履歴書」
初実況時の解説は小山正明さんと福本豊さん

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